小説2

□TANGO NOIR 06.12.22
1ページ/4ページ

 一度は納得したはずなのに、いざとなると足が竦んだアタシの手を、彼は優しく取って自分の腕に絡めさせた。
「大丈夫」
 自信たっぷりの目でアタシを見つめて微笑むと、この城で一番の広間へと続く扉を白い指を使って押し開ける。
 重たそうな様子に手伝おうとしたら、「レディはそんなことしなくていいから」とやんわりと拒否された。

「今夜は僕にエスコートさせてくれるんだろ?」

 なーんて言いながら見せた表情にアタシがポーッとなった隙に扉を開け放った彼が、また素敵な笑顔でアタシを誘った。

「猊下よ」
「猊下だわ」
「まあ本当に双黒なのね」
「それにしても…なんて素敵なの」
「ああ本当に、この世のものとは思えないくらいお美しいわ」

 あちこちで黄色い悲鳴と溜息が上がっているけれど、でもそれと同時にアタシにも違うものが突き刺さった。
 なにあのオンナ? という敵意剥き出しの冷たい値踏みする眼が、いくつもこの身体を上から下まで舐めるように移動するのがはっきり分かってしまう。でもそうよね、存在していることすら奇跡のような大賢者様であらせられる猊下が、こんな身分不相応のオンナを連れているんだもの、これくらい当然よね。だってアタシだってあの中にいたら絶対そう思うもの。

 なのにそんなヒソヒソと噂をしているオンナたちを無視して、猊下はアタシを陛下の元へ連れていったの! ああん、また突き刺さるものが増えたわ。さっきの倍なんてものじゃないわねこれは。ただでさえお美しい双黒のお二人の横には美形揃いの前王の太子様方もいらっしゃっているのに、その中にこんなのが雑じっていたら、どこかの閣下じゃなくても呪いのひとつや二つは仕掛けたくなるに決まってる。
 それなのに麗しの陛下ってば、そんな周りの空気なんかちっとも読んでないんだからっ。

「うっわグリ江ちゃん、今日は綺麗だなー」

 ほうっと息を吐いて貰ったそれだけでアタシは充分なんだけど、でも隊長が横からスラスラと女っタラシな助言をするのよぅ。
「そういう場合は『いつも綺麗だけど』と付け加えるんですよ」
 陛下は陛下でこれまたいい子ちゃんだから、素直に言い直してくれちゃって!
「ああうん、いつも綺麗だけど、でも今日はいつもより綺麗だよ」
 な〜んて、そぉんな可愛いコトをそぉんな可愛いお顔で言われちゃったら我慢できないわ。思いっきり抱きしめちゃうんだからー。
 あらいけない、自分で敵増やしてどうするのよアタシ。

「グリ江ちゃん化粧変えたんだな?」
 やん、そんなマジマジと見ないでよ照れるじゃないの。
「これは僕がしてあげたんだよ」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ