小説2

□祭りの夜 07.3.4
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 いつだったか坊ちゃんが教えてくださったっけ、あの月に帰りたくないと泣いたお姫様の話を。

 そんなことをオレはぼんやり思いだしていた。
 月明かりの中でひとり立ち尽くしていると、話してくれたひとと同じ色なのに、でもちょこっと違う瞳の誰かさんのことが頭から離れない。いやあのひとが泣くはずはないけど、でもどうしてもその姫に彼を重ねてしまうんだ。
 御伽話をしてくれとせがんだ娘さんと一緒にオレにも聞かせてくれた、あの坊ちゃんのほうがどちらかといえば似ている気がするのに、って彼も人前では絶対に泣いたりはしないけど。

 なんだかんだ言いながら「頑固な強がり」という根本的なところがあの二人は似てるよな。やっぱ側に居ると似ちゃうのか? などと彼等の共通点を見つけて小さく笑ってたら、薄く広がった雲を全部消し飛ばしてしまいそうな勢いの風が吹いて裾を捲った。でもそんなもん別にどうでもいいので押さえもせずに空を見つめ続ける。
 酔っちゃいないが、軽く火照った頬に冷たい風が気持ち良い。いや火照ってるのは何枚も重なり合った異国風の衣装のせいというのもあるんだろうけど。ていうか確実にこれのせいだわな。こんな服が正装だという国は寒いんだろうか。
 それでまた彼を思い出してしまったので、溜息をついて自分を見下ろした。

「…せっかくおめかししたのに、お祭り終わっちゃうじゃないの」


 もうひとつの貴方の国の民族衣装を着たアタシの艶姿は絶対に見せたかったのに。
 あーあと、また息を吐いたら背中越しに声がした。

「お前はいつでもしてるだろう」
「だってこれはこの日のために誂えたのよっ」

 さっきから居たのにやっと話し掛けてきた彼は「知ってるよ」と苦笑する。オレ相手だというのに珍しく優しい目を向けてきたので、こっちも同じように笑った。
 そっか、あんたも月を見に来たんだな。でも坊っちゃんは月より太陽だと思うぜ?

「なのに肝心の陛下と猊下が居ないなんてっ」
「そーだよ!」

 子供のような愚痴に答える本物の子供の声がして、そちらを見れば柱の影にもっと小さな影。おっといつの間に? 誰だ彼女に気配の消し方を教えた奴は。

「だからまたやろうよ」

 さてはお前だなと隊長を睨もうとしたら、彼女はボスリと音がするくらいに勢い良くオレの腕の中に飛び込んできて、そして真っ直ぐ朱茶色の目を向けて同じことを繰り返した。

「ユーリとムラタが来たらもう一回やろうよ、ねっ?」
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