小説2

□獣道 07.3.12
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 突然、ボンッと地響きを伴う馬鹿でかい爆発音がしても、血盟城では普通は騒ぎにはならない。何故ってみんな慣れてるからだ。
 あの悪魔の実験室が原因だと嫌になるくらいに、いやもうすでに充分過ぎるほどに嫌になっているが、まあとにかく、それくらいにあの人が何かしでかしたんだなと、みんなして一瞬で理解するのだ。
 そういう訳で、触らぬ悪魔になんとやらというのも相まって、この城ではどんな事態が起ころうとも、あの不吉な場所には様子を見に行こうとする奴すらいなかったのだが、しかし本日はいつもと違って阿鼻叫喚の騒ぎが巻き起こっていた。普段なら生贄は専属のあの人ひとりという最小限単位で済んでいるので、魔力を持っていたとしても悪魔本人にさえ会わなければ逃れられるし、たとえ運悪く出会ってしまっても専属さんの居所を告げることが出来れば逃がしてもらえる。頑丈な防音扉のおかげで悲鳴を聞かされることもあまりない。突貫工事だったはずなのに、きちんと完璧な仕事をしてくれた職人に、みなが揃って感謝していたのだ。

 だのに今日はひっきりなしに走り回る足音が、そこいら中からバタバタと響いていた。こんな騒ぎは近年滅多になかったことだ。
 まあその理由はすこぶる明確であるのだが。何故ならば、怪しい色をした怪しい煙が、凄い勢いで城中に充満し始めたから。

「わー窓まど、窓開けてー!」
「いえ開けないほうがいいのでは。外から入ってきてますからこの煙は」

 有利が慌てて開けた窓をピシャリと閉めたのはコンラートだ。こんな時だというのに彼の顔にはいつもの笑みが浮かんでいる。しかしそれを見た有利が咎めるような声を出して、また開けようと窓に手をかけた。

「でもこれ毒だったらどうすんの? 密室で毒吸ったほうがマズイって絶対!」
「しかし陛下」
「つかいっつも言ってんじゃん、陛下って呼ぶなよなっ」
「ああすみません、つい癖で」

 これもまた城中全ての者が一字一句覚えてしまったいつものやり取りがまた始まってしまい、その中でも一番目か二番目には聞かされているであろう村田が、長椅子に寝そべったまま、うんざりしたように提案してきた。

「毒かどうかさあ、ウェラー卿きみ試しに吸ってみてきてよ」

 笑顔のままで力一杯窓を開けるのを阻止しているコンラートに、これまた有利が抵抗してギャーギャーと喧しかったのが、案の定にピタリと止んだ。

「お前なんてことを!」

 ひっでー事言うなよなと責めてきた有利に、村田はなぜか不満そうな顔を作って抗議する。

「なんだよ、きみの気持ちを代弁してやったのにー」
「いやおれはんなこと思ってねえから」
「えっ、陛下って呼ぶなよ名付け親、罰としてこの煙吸え! じゃないの?」
「バカ言うなよ、そんな悪虐非道な事をこのおれが、しかも大事なコンラッドに思ったりするわけないじゃん!」
「……ユーリ……」

 意地悪するつもりが逆に喜ばせてしまったことになって、村田はなんとも嫌そうな顔をした。今のコンラートの顔はあぶったチーズかバターみたいになっていて、見ているだけで小汚い店でうっかり頼んでしまった天ぷらを食べた後のように盛大な胸やけがしそうである。
 あまりにも幸せそうなその顔に、本気で村田が毒女の実験室送りの刑を実行しようとしようとしたその時、バッタンと外から勢いよく扉が開いた。

「ちょっと見て下さいよ猊下!」
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