小説2

□バースデーイヴ 07.8.2
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「こいつはまた…いつもにましてなんちゅうか…」

 風呂上りによく冷えたヤギ乳をキューッと一杯引っ掛けて、フンフフ〜ンと鼻歌を歌いながら寝室に戻った渋谷有利は、自分の寝台にあぐらをかいてふんぞり返っている人物を目にした瞬間、ほかほかなご機嫌が急速に萎んでいく気がした。

「どうしたユーリ、湯殿の湯が冷めてたのか?」
「…いや風呂はいつものようにしっかり堪能しましたけど」
「しかしなんだか寒そうな顔しているぞ」
「それは風呂のせいじゃなくてね」
 お前のせいだとは言えない小心者の王に、原因の美少年はなぜか笑みを浮かべた。

「だが今のぼくを見たからには気分も少しは晴れただろう、良かったな」

 うんうんと何事かを納得したように頷いているヴォルフラムを信じられないものを見たかのように凝視すると、彼は益々笑みを深くしてきた。

「しかしそんなに見惚れてくれるとは。やはり特別に誂えた甲斐があったな」
「ええっ特別って、コレ作らせたの? わざわざ?」
「そうだとも。ほらユーリ、好きなだけ見惚れるがいい」

 どこからくるんだろうこの自信は。
 得意そうに腕を組んで首をのけ反らすフォンビーレフェルト卿は、どこかの女しか居ない劇団の公演にもそのまま出られそうな量のフリフリに身を包んでいた。まあとんでもない美少年だからそれでも顔が負けているということはないのだが、しかしどこからどう見てもその衣服は今から寝るにはそぐわないんじゃないかなと、現代日本で生まれて育った有利は思うのだ心の底から。
 けれども生まれながらに着慣れているらしい美少年は、引きまくっている相手に気付かずにずっと笑顔である。

「このレースは最先端だぞ。眞魔国広しといえど、今これを着ているのはぼくだけだ」
「自慢なんだそれ…じゃなくて、あのさぁヴォルフ、ちょっと根本的な事を聞いてもいいですか」
「うん? なんだ言ってみろ」
「そもそもなぜにお前はいつもフリフリネグリジェなの?」
 すると美少年は意外な事を聞いたといった顔をした。
「なぜって、レースは貴族の嗜みだろう?」
「そっそうだっけ? いやそんなのおれ聞いたことないけど。というかおれレースには縁ないしな」
 面食らった有利にヴォルフラムはふうと溜息をついてくる。おまけに首まで横に振っている。
「まったくお前ときたら、いつまでたっても自覚が出ないんだな……いいかよく聞けへなちょこ、お前は王だ」
「は、はいそうですね」
 急に顔を引き締めた美少年は翠の光彩がはっきり数えられるほど近くまでにじり寄り、胸に指まで突きつけて睨みつけてきた。
「王たるもの、少しくらいは贅沢しても構わないんだぞ。というかむしろするもんだ、しろ」
「贅沢といわれても、って贅沢? えっコレって贅沢だったの?」
「当たり前だ。これを作るのにどれだけ手間がかかると思っている。こんなに繊細なものは値も張るから庶民には手が届かないんだぞ」
「あっそうか、全部手作りなんだっけこっちは」
「というわけで、お前もこれを着ろ」
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