小説2

□理由 09.9.14
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 夜中に寝室に忍んできたら、もう猊下は眠ってしまわれていた。まだ深夜というには早い時間なのに珍しい。

 布団をスッポリ被っているので顔は見えないが、彼の最大の特徴のひとつである黒髪がちょろりと覗いている。くせのあるその毛先を目にした途端、猛烈に触りたくなった。いや、ただ触るだけじゃ物足りないな。なんつっても今夜は彼に逢いたいがために、急いで面倒な仕事を片付けてきたところなのだ。早く彼をこの手に抱きしめんがために、馬にまでかなりの無理をさせて駆けつけた直後という、いわば今のオレは愛に飢えた狩人だ。ツェリ様直伝の愛情表現を御披露しちゃうわよっというくらい、愛しさと切なさと心強さがもう最高潮。

 馬には悪いことをしちまったが、厩番の奴にたっぷりいたわってやってくれと頼んできたことだし、心臓もふたつあることだし、あいつはまあ大丈夫だろう。もちろんオレも好物の人参を持ってねぎらいに行く予定だ。後でたらふく食わせてやるから許せ。
 しかしいつもならこの部屋を訪ねる頃には少しは落ち着きを取り戻していて、ちっとは余裕ありげな態度を装えるとこなんだがなあ。がっついてる奴だなんて思われたくないから、そりゃもう頑張って欲望を押し隠してたりするんだぜ。こう見えてもオレは真面目な兵士だから結構我慢強いんだ。…まあ正直いうと、嫌われたくないってな複雑な乙女心の占める比率が高いせいだがな。

 けど逢うのも久しぶりの恋人が目の前で無防備に寝てるんだ、余裕なんざ今日はもう無理。んなもんどっかに吹き飛んじまった。なんせ三ヶ月ぶりの逢瀬ってんだから、最初から辛抱たまらんってな状態でもしょうがないに決まってる。
 眠っているのを起こすのだけは申し訳ないんだが、でもどうやっても我慢できそうになかったし、それに以前同じようなことがあったときに、起きるまで寝顔を眺めながら悶々としてたら、ようやく目を覚ました猊下に「久しぶりなんだから遠慮なく起こせよな!」と叱られたし。
 いやーあんときの猊下はかわいかったよなぁ。「僕だって早く逢いたかったのに、なんで起こさないんだよー」って悔しそうに俯いてほっぺた染めてたもんな。「待ってたのに…」なーんて唇を尖んがらせて、ぶちぶち文句言って拗ねちゃって、でもその後で上目遣いで見つめてきて、自分から…

 ただでさえ限界だったってのに、あの顔を思い出しちまったらもう我慢などできようはずがない。オレは寝ている猊下の身体の上に跨がると、布団ごと抱きしめて黒い髪に口づけた。

「……猊下」
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