小説3

□無敵2 2012.3.24
2ページ/19ページ

「……あー…」

 そういやそうだったわね。でもさぁ、あたし行く約束なんか、してないと思うんだけど。
 だけど興奮しきったエイミーは、それを言う間も与えてくれやしない。一人で大騒ぎしている。

「早く行って場所取りしなきゃ!」
「あたしは別に行かなくても…」

 ていうか全然行きたくないんだけど。今日はこのままずっと布団と仲良くしていたいんだけど。
 でもエイミーはあたしの希望を受け入れなかった。

「なによっ、美少年大好きなくせに! 昨日も飲んでたんでしょ? まったく、飲み屋の若い子に入れあげるなんて、私は友人として情けないわ! あんたってばお給料全部つぎ込んでるんだって? バッカじゃないの!」
「ほっといてよ。あたしの稼いだものを何に使おうとあたしの勝手でしょ」

 うちは結構有名な商家で、かなり裕福だ。だからできる事なんだけどさ。そして確かに美少年は好きよ。陛下と猊下はとってもお綺麗だって評判だし、一回くらいは見てみたいわよ。
 でも会ったり話をしたりもできない人なんか、つまらないじゃない。そんなのは、お話の中に出てくる登場人物と何も変わらないじゃない。それにあたし、人混みは苦手なのよね。パレードなんて絶対、死ぬほど混んでるに決まってるじゃない。

 だから嫌だと言い張ったんだけど、お手洗いに行きたい時なんかに誰かが居てくれないと困るからってママが、じゃない、エイミーがあたしを無理矢理に大通りまで引っ張っていった。強引にも程があるわ。まだまだ開催時刻まで何時間もあるというのにさ。
 でも行ってみたら道の両端はもうすでに殆ど埋まっていたの。いくら休日だからって皆もヒマねえ。けど空きがないなら帰れるかも。
 ホッとしたのもつかの間、エイミーは執念でもって、隙間を探し出してきた。その何とか見つけた狭い隙間に強引にグイグイ入り込んで座る場所を確保した彼女は、うきうきと弁当を広げ始める。

「……用意いいわね…」

 敷き物はともかく、そのクッションは必要ないと思うんだけど。
 呆れていると、あたしのスカートの裾を引っ張ってこれまた強引に座らせたエイミーが、弁当箱からパンの塊をひとつ掴んでよこしてきた。

「はい、あんたの分」

 差し出されたサンドイッチから漂うハムとチーズの匂い。そして水筒から立ちのぼるヤギ乳の匂い。単品でもキツイのに、両者が入り混じった匂いは強烈だ。

「……今のあたしの前で食べ物の匂いをさせないで。その可愛い花柄のお弁当箱に胃の中身をぶちまけられたいの?」
「んもう、またそんなことを……あのねミルチェ、年頃の女の子がそれでいいと思うの?」
「お説教するなら帰る」

 立ち上がろうとすると、エイミーは一転して猫なで声を出しながらすがりついてくる。

「やん、待って待って、一人は寂しいじゃないのー」

 甘えた目をしてエイミーはクッションを胸に抱えた。ああ、それは抱くために持ってきたのね……そういえばこの子は昔からこうやると落ちつくんだとか言ってたっけ。
 ちょっと脱力したら足の力が抜けた。吐き気もぶり返してきて動く気力も消えた。もう喋りたくない。ていうより、喋ると吐きそう。
 それであたしはエイミーに凭れかかって目を閉じた。エイミーは、なによとか、重いじゃないのとか、まったくもうとか言いながらも、一人で待つハメにならずに済んだことが嬉しいらしく、あたしのことを支えてくれたので、あたしは心置きなく寄りかかることにしたのよ。

 巻き散らかされているサンドイッチの匂いと、エイミーのとめどないお喋りを聞き続けるのはきつかったけど、お日様はポカポカして暖かかったし、滅多にしてくれない治癒術をエイミーがしてくれたから、まあいいかなと。
 といっても、元からエイミーの治癒術はあんまり効かないんだけど。でもそれは本人の魔力が少ないせいだから、しょうがないのよね。気休め程度になったらもうけものよ。あいにく今日は気休めにもなってないけど。

 だけどこんなに興奮しきっているエイミーは珍しいわ。
 よっぽどパレードが嬉しいのねえ……そういやこの子って、陛下が初めて御帰還あそばされた時も、見に行ったって言ってたっけ。どんだけ好きなのよホントに。まあそりゃあ、あたしだって陛下と猊下にはお会いしてみたいけどさ、でもこんな努力してまではちょっとねえ。

 ……それにしても、ずいぶん待ったわ。こんなに人がいなけりゃ寝転がれるのになぁ。せっかくクッションもあるってのに、この人だかりが憎いわ。
 100なのが95になったからって、たいして変わりゃしない二日酔いの辛さから、もういっそ迎え酒でもしたら楽になれるのかしらと考え始めた頃よ、人々がざわめきだしたのは。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ