小説3
□無敵2 2012.3.24
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ざわめきが伝わってきたのと同時に、周り中が一斉に立ち上がった。もちろんエイミーも。寄りかかっていた相手の身体が急に消えて、あたしはよろけた。おまけにたくさんの足から踏みつけられそうにもなったわ。
だけどあたしは少し嬉しかった。だってこれでようやくこの苦行から逃れられるんだもの。
「やだ来た! 来たわよミルチェ! どんどん近付いて来たわ!! ほら、早く立ちなさいよ、早くッ!!」
「そりゃパレードなんだから来るでしょうよ」
あたしがよろよろと立ち上がっている間も、エイミーはクッションを抱きしめたまま叫ぶ叫ぶ。凄くうるさい。
「うっそ、すっごい! 想像以上に素敵っ!! あんなに綺麗な人、私生まれて初めて見たっ!!」
「あれっ? あんた前も見に行ったんじゃなかった?」
「あの時は後ろすぎて全然見えなかったの!」
「へーじゃあ今日は見れて良かったわね」
「そうなのよいやーっ素敵ィーーすごー!!」
感動にうち震えている親友の横で、私は後ろの人の持っている串焼きを気にしていた。匂いが強烈な上に、串の先っぽが危なっかしくて。でもあんまりエイミーがうるさいから正面を向いたの。
「ちょっとあんた、大丈夫? さっきからまともな言葉になってな……」
いわよ、と続けようとしたあたしは、自分の眼に映ったものに呆然とした。
「……え……なんで……」
瞬きを繰り返しても、目に飛び込んできた映像は消えない。それどころか、その映像がどんどん近付いてくるのよ。
あまりのありえなさに、横で飛び跳ねるように大興奮している親友に訊いてみた。この興奮状態では、まともな返事が返ってくるとは思わなかったけれど。
「……ねえ……あの馬車って、誰が乗っているんだっけ?」
だけどエイミーは、あたしがそう訊いた途端、正気を取り戻した。多分、あまりにも信じられなかったんでしょうね、あたしの質問が。
エイミーは鬼気迫る形相でこっちを振り向き、キーキー言った。普段の彼女からは見る影もない、恐ろしい眼光で。
「はあっ!? あんた何言ってんの? あの双黒とお衣装を見れば判るでしょ? 陛下と猊下に決まっているじゃない!!」
「だ、だって、あの顔は……」
あたし見慣れているっていうか…………髪の色が違うけど、瞳の色も違うけど……いつもは金髪で、青で、赤毛で、茶色くて……。
「ど、どっちが陛下なの?」
「右よ! 眼鏡を掛けてらっしゃるのが猊下でしょうが! それくらい常識でしょ、常識!」
そんなことも分からないの? という金きり声がどこか遠くで聞こえた気がする。まるで水の中にいる時みたいに。
「…………眼鏡が……げい…か…?」
口を開けたまま放心状態で見つめていたら、話題の主がふいに、こっちを見た。お日様にその人のかけている眼鏡がキラッと反射して、あたしは唾をゴクンと飲み込んだ。
眼鏡の彼は、あたしの方を見たまま、横のもう一人の黒髪の人物に何やら耳打ちを始める。その瞬間、された方の彼もこっちを見た。ずっと眩しい笑顔を浮かべていたのに、こっちを見た瞬間、彼の凛々しい眉が少しだけ真ん中に寄ってしまう。
めまいがした。
ううん違うわ、これはまるで地面が抜けて地の底に落ちていく、って感じが近いと思う。
だってあの顔はいつも見ていたんだもの。今は眼鏡をかけている方の彼が何かを言いだすたびに、あっちの彼はあんな顔をしていたんだもの。困ったようなその顔も仕草も、いつもと丸っきり一緒すぎるんだもの。