小説3

□幼馴染み 2013.4.3〜連載中
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 すっかり陽が落ちて騒がしくなった店内に、ありがたいお客様がようやく姿を現して、ヨザックは歓喜の声を上げた。

「やぁん、やっぱり来てくれたのねー嬉しいっ!」

 飛びつく勢いで掛けてきた友人からの熱烈歓迎を、コンラッドは昼と同じように押し返してきた。いや、昼よりも手に力が入っている。
「くっ付くな、化粧と香水が移るだろう」
「どーせ誤解されて困るような相手はいないくせにィ」
 笑いながらヨザックが肘でつつくと、コンラッドは軽く眉をしかめながら真顔で答えてくる。
「ユーリにされたら困る」
「あーはいはい、ちょっとー誰かボトル持ってきてー。たっかいやつよー、二本くらいお願いー」
「こら、勝手に入れるな」

 給仕に声を掛けるヨザックに苦笑してはいても、注文に関してコンラッドがヨザックの要求を断ったことは実は一度もない。つまみでも何でも、好きに食べさせてくれる。それも席に着いた全員に気安く振舞ってくれるのだ。

 店主でもあるヨザックの客には基本的に店の者は遠慮してあまり近寄らないのだけれど、それでもコンラッドは愛想が良いので人気が高い。何人かは部下だった者もいるので余計に人が集まった。二人が仕事の話をしていないと判断できた時には入れ替わり立ち代り挨拶にきてくれるのだ。おかげで必然的に他の客よりは会計が高くなるのだが、それでもコンラッドは文句を言わない。どうやらこれは付き合いだからと諦めているようだ。

 というよりも、コンラッドは元から金に頓着はしていないのかもしれない。世界中を放浪してはいたが、彼の育ちは良い。というより、金があるからこそ放浪できているというべきか。
 両親、とくに母親の裕福さは国では一番だったし、軍を退いたとはいえ、魔王の護衛としての給金は毎月支払われている。そもそも小さい土地とはいえ、彼は父親から継いだ領土を持っていた。人口も多くはないとは言え、本人にろくな趣味が無いのと物欲がないのとで、金は余っているのだ。なので客としては最高級といっていいくらいに羽振りが良かった。

 それが分かっているので、ヨザックも遠慮せずにコンラッドにたかっている。たとえ前回の酒がまだ半分以上残っていたとしても、新しいボトルを入れてしまう。前の物は店の物として好き勝手にヨザックに飲まれていたが、それでもコンラッドが文句を言った事はなかった。放浪癖がなければ、この店の売り上げの大半が彼の懐から出ていたかもしれない。
 だがヨザックもヨザックで王都を離れていることが多いので、実は二人が揃う機会はそんなに多くはなかった。だからこそ誘われたらコンラッドもやってくるのだ。

 今夜も律儀に顔を出したコンラッドは、空いた席――実はヨザックが予約席としてわざわざ開けてあったのだが、そこに腰を落ち着けるや早々、小腹が減ったらしい幼馴染みがあれこれと注文をするのを苦笑いを浮かべて聞いていた。
 一通り注文し終わると、真横に陣取った女装男は、高そうな瓶から酒を注ぎながら礼を繰り返す。

「来てくれてありがとー。やっぱり持つべきものは、やっさしーい幼馴染みよねっ!」

 氷の入ったグラスを受け取ったコンラッドが、薄い女物を身に纏った筋肉男から目を逸らすように店内をぐるりと見回した。

「繁盛しているようだが。昼間のお前の言葉とは違ってな」
「そーなのよう、急に忙しくなっちゃったのよう。けど昨日なんか、ずうーーっと閑古鳥が鳴いてたんだからあ」
「どうだか」

 白々しい誤魔化し方をするオカマを横目で見ながら、それでも微笑みを浮かべてコンラッドが酒を喉に流し込んでいると、厚化粧の顔が近付いた。塗りたくった唇に立てた指を一本当ててヨザックが小首を傾げる。

「だけど、どしたのあんた。なんかご機嫌悪そうねえ?」
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