小説3

□幼馴染み 2013.4.3〜連載中
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 隣の席に居た従業員の一人が、その言葉に驚いた様子でコンラッドを横目で伺い見た。
 機嫌が悪いなどとは、とうてい思ってなかったからだ。きゃー閣下がいらしたわー、あと少ししたら遊びに行っちゃお〜とウキウキしていた彼ーーいや彼女は、改めて観察する。ずっと微笑みを浮かべていたコンラッドはどこからどう見ても、機嫌が良さそうだった。軍に所属している彼女は人よりも観察眼は優れていると自負していたのだが、コンラッドの演技力の方が上手だったらしい。

 しかしそんなコンラッドの演技もヨザックには通じてなかったようだ。諜報員の洞察力というより、長いこと一緒に過ごしてきた幼馴染みだから分かったのだろう。
 とにかくヨザックはコンラッドの顔をまじまじと覗き込んだ。

「昼はあんなにご機嫌だったじゃない。まさか坊ちゃんが帰っちゃったってんじゃないデショ?」

 ヨザックとしては冗談のつもりだったのだけれど、コンラッドの手の動きは、ヨザックがそう言った瞬間にピタリと止まった。

「うっそ、当たり? 当たりなの!?」
「うるさい」
「やっだー、かわいそっ!」

 言葉とは逆に爆笑されて、コンラッドの眉間がムッとしたように寄った。止まった手はまた動いたかと思うと、あっという間にグラスが空になる。

「……他の席に行かなくてもいいのか?」
「あーいいのいいの、今日はあんたと飲みたい気分なのっ」

 ケラケラ笑いながらコンラッドの手からグラスを取り上げると、ヨザックが酒を注いだ。それをコンラッドは奪い返すとまた呷る。すぐ空になってしまったグラスに不機嫌そうな顔をすると、酒瓶を手にして手酌を始めた。
「行け。一人で飲むから」
「もーそんな寂しい事言わないでよぉ、アタシ本当にあんたと一緒に飲みたかったんだからぁ」
「嘘つけ。だから擦り寄るなと言っているだろう。お前どれだけ飲んでいるんだ?」
「覚えてないわよそんなの。それよりィ、元気出してよー。坊ちゃんの代わりにアタシが慰めてあげるからさぁ」
「いらん。あっち行け」
「やあんもう、グリ江のコト大好きなくせに意地張っちゃってー。あんたならアタシ、お膝に乗ってあげるのにィ」
「やめろ、重い。潰れるだろうが」
「なぁによ、店内人気、第一位の子が特別に膝乗りしてあげるって言ってんのに、ちっとは喜んだらどうなのよ」
「ちっとも嬉しくないからじゃないか。むしろ迷惑だ、寄るな。だいたいお前なんかがユーリの代わりになるわけがない。いや、誰も彼の代わりになんかなるもんか」

 お互い酒にはかなり強いほうなのだが、二人で飲む時にはなぜかいつも飲み過ぎる。しかも今夜のヨザックはすでに相当回っていた。だが最愛の王がいなくなったコンラッドの機嫌の悪さの方が相当上だったらしい。
 ガバガバ飲んでいたコンラッドが、愛想の良い外面を消し去って本音を口にした。

「だいたい一位だって? お前が? ああ、だからこの店は売上が伸びないんだな」
「んだとう!?」

 ヨザックは店では営業用の高い声を出しているが、その裏声は感情に連動する。なのでそれがどんどん低くなってきたら、危ない兆候だ。しかも今はコンラッドの挑発に、もはや女言葉ですら消えていた。
 ドスのある声を聞きつけた他の従業員達がヒソヒソと囁き始める。

「……いったいどうしたの閣下は? なんだか御機嫌がお悪いようなんだけど」
「なんかね、さっき小耳に挟んだらね、陛下が地球にお戻りになられちゃったそうなのよ」
「げげっ、マジ!?」
「マジマジ、夕食後の湯浴みの時に、って話だったわ」
「あっちゃー……なら今夜は荒れるわねえ…」
「ねえ……」

 従業員達が揃って溜息をついているそこへ、空気の読めない野次が飛んだ。

「ヒューヒューお二人さん、痴話喧嘩かい?」
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