小説3

□訪問者 2013.6.6
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 普段とは違う男に村田が思わず手を伸ばすと、躊躇しながらもヨザックは近付いてくる。そうして遠慮がちに村田の指を握って言い訳を始めた。

「……顔見たら帰るつもりだったんですよ」
「うん」
「……本当は猊下のことだから、起きてるかなーとも思ったりしましたけど」

 夜更かし大王様だから、と小さく呟く男に村田は苦笑する。

「電気消えてれば寝てるって分かったくせに」
「寝顔だけでもーっていう、この乙女心を分かってくださいな」

 言葉とは裏腹の低い男らしい声に村田がまた笑った。笑いながら布団を持ち上げて自分の隣をポンポンと叩く。

「おいでヨザック」
「……いいんで? 酒臭いですよオレ」
「うん、とっくに気付いてる」
「あっちゃあ」
「でも酒臭かろうが汗臭かろうが、化粧臭かろうが香水臭かろうが、血生臭かったって、ヨザックとならいつでも一緒に寝たいんだよ僕は」

 暗がりでヨザックが眼を見開いた。暗い室内のせいでいつもより濃く見える青の瞳が揺れる。
 その反応に、寝転がったままだった村田が起き上がって軽く手を振った。ヨザックと繋いでいるのと逆の手を。

「って、そういう意味じゃないからね。今だって眠いしさ」

 今度はヨザックが苦笑する番だった。自分の言った言葉に慌てた村田に柔らかく笑んで首を振る。

「心配しなくてもオレも、ちっと飲み過ぎたんで、今夜は戦闘は不能です」
「ええーきみが? うっそマジで?」
「あのう、そのオレに対する認識は改めてもらいたいんですけど」
「それは日頃の自分の行いに言いたまえ」

 気が抜けたように笑顔に戻ると、村田は握られたままの指をきゅっと握り返して、目の前の男をまた自分の横に誘った。

「ほらヨザック、こいよ」
「……んじゃあ失礼して」

 思案するように上を向いてからヨザックはゴソゴソと寝具に入ってきた。

「こら、靴は脱げ」
「やーねぇ、言われるまでもなく脱ぎますとも。でも服着て寝るの久しぶりー」
「そういや今日は脱いでないんだね、酔ってるくせに珍しい」
「えっ、服も脱いでいいッスか?」
「それはダメ」
「なんで? 邪魔だし、正直脱ぎたいんですけど」
「たまには着て寝ろよ。そしていつまでもモゾモゾすんな、大人しくしろ」
「だってあなたとこんな健全に寝るのって、なんか慣れないから落ち着かないっていうかー」
「むしろ慣れてほしいと僕は心から思ってます」
「もー猊下ったら嘘ばっかりィ。今ちょっと残念って思ってるくせにって、あいたっ! いてて、ちょっとぉ叩かないでくださいよー」
「いいから大人しく寝ろ」

 殴っておいて、その頭を村田は勝手に腋の下に抱え込んで目をつぶった。

「僕は眠いんだってば。だからきみも寝なさい。ほら、いい子いい子したげるから。ちゃんと朝までついててやるから」
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