小説2

□慕情3 2012.2.14〜連載中 最新更新2014.6.11
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 この時のオレには犯罪者の常套句が骨身に沁みるほどに理解できた。突発的殺人を犯した奴が必ずのたまう、あの言葉だ。「カッとなって、つい」ってやつを、こんなにも実感できるだなんて思わなかった。
 いや正直そんなことを考えている余裕はなかったんだが、その瞬間に女隊長がこっちを見たんだ。どうやらオレの殺気を敏感に感じ取ったらしい。身構えるよりも先に、おそらくは反射的に彼女は振り返り、腰に手を動かした。

 コンラッドの冗談コンラッドの冗談コンラッドの冗談コンラッドの…………ふう。

 そんな彼女の瞬発的な対応が目の端にちらついたおかげで、沸騰寸前だったオレは我に返った。すかさずこの単語を頭の中で呪文のように繰り返す。数回唱えて、どうにか落ち着きを取り戻すことに成功した。

 やっぱ効くなあ、コレ。ホントこういう時はコレに限るぜ。戦場で直接聞いたりするとメチャクチャ危ないが、こうやって冷静さが必要な場面ではお世話になりまくりだ。思い出す限りのネタを頭に思い浮かべるだけで効果テキメンなんだからな。

 実はオレだけじゃないらしく、他の奴も同じことをしているらしい。知らぬは本人ばかりなりってやつだ。コレがうちの隊員ほぼ全員の精神統一方法だとあいつが知ったら、さぞ愉快な顔をしてくれるだろうぜ。いや、軍を辞めたレオンもたまにやっていると言っていたから、過去あいつの部下だったけど今は連絡が取れない奴等もきっとやっているハズだ。
 事実を知った時の幼馴染みの間抜け面を想像して、また少し気分が落ち着いたが、しかしコレには注意点がある。間違っても大量には思い出さないこと、だ。たくさんの寒いネタに晒されると脳が生きることを拒否してしまう。

 そんな精神的にギリギリな程の努力をこっちがしているってのに、眞王は今も笑顔だ。
 オレは受け止めた黒い包みをうっかり握り潰してしまわないように、こっそりと息を吐いた。あの時、女隊長がオレを振り返らなければきっと、いや絶対に鞘から剣を抜いていただろう。
 さすがに精鋭揃いと唄われた眞王廟警備隊を率いている女だけはあって、あんなに眞王に気を取られていたくせに、オレの殺気をいち早く感じやがった。気付かれたことでオレも本能的にヤバイと察し、冷静さを取り戻す努力が出来たのだから、結果としては良かったんだけどな。

 だが女隊長のオレを見る眼が変わったのは困る。今までは信頼の置ける従者なのだろうと思われていたようなのに、あの瞬間からこっちを見る眼が百八十度変わってしまった。大事な相手をさりげなく背中に庇う位置に移動した彼女は、いつでも腰に手を伸ばせるように身構えながらオレを見ている。眞王へと向けていた熱い眼差しとは大違いの、冷え切った厳しい瞳で。
 オレと彼女のそんなピリピリした空気の中、急に場違いな声が割り込んだ。

「ん? どうした俺の可愛いジョゼフィーネ? そんな怖い顔をして」

 言って、いきなり眞王が女隊長の肩を抱き寄せ、顎に指を掛けた。

「えっ……」

 オレへだけ意識を集中させていたおかげか、眞王の行動が予想外すぎたのか。多分両方だろうが、とにかく彼女は反応が鈍かった。さっきとは大違いに緩慢な動きだ。そこへ眞王が眩しい笑顔を近付けてきたもんだから、余計に動揺している。

「あ、あのっ?」
「せっかくの美人が台無しだぞ」

 混乱しているといった方が正しいかもな。うちの隊長みたいな歯の浮く台詞を、まさか眞王陛下から言われるなんて思ってもみなかったんだろう。
 眞王は女隊長の顎を親指を人指し指で掴んだまま笑顔で続けた。


「お前も一緒に来るだろう?」
「はっ、はい、喜んでお伺いさせていただきますッ!!」

 もう色んなことが頭から吹っ飛びました、ってな蕩けた顔で女隊長が頷いた。彼女の目はもう眞王しか映していない。
 だが周りの女達は一斉に眉を顰めた。当然だがな。

「あっあのっ、俺の、って、ままままさか彼女は陛下の……」
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