小説2

□慕情3 2012.2.14〜連載中 最新更新2014.6.11
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「うん? どうしたのだ俺の可愛いヘンリエッテ?」
「ええっ!?」
「もしかして妬いているのか俺の可愛いラウラ、シャルロッテ。心配せずとも、俺はお前達全員を愛しているぞ」

 次々と名指しをしていく眞王に黄色い悲鳴が上がった。まさか誤魔化してくれたのか? チッ、余計なことを。だいたい全部お前のせいだろうが、お前の!
 また斬りかかりたくなった気持ちをコンラッドのとっておきの寒いネタで押さえつけていると、元凶の男は今度は外套を投げてよこした。

「これも持っていけ」

 成金親父みたいなことを言ってるぞ。オレのがあの男と一緒に燃えたのを覚えていたらしい。この気遣いがどこまでも腹が立つぜ。
 上質すぎて重たい布地をどう返せばいいのか迷っていると、また眞王は嫌な笑みを唇に浮かべる。

「酒代も請求しておけよ」
「……お気遣いなく。だいたいこれをオレに渡しちまったらあんた……へーかはどうなさるんで?」

 さっきまでのようにあんた呼ばわりしようとして、また女達の視線が気になったので言い直す。

「そんなものは元々必要ないのだ。この身体はかりそめだと言っただろう。寒さなど感じぬ」

 えー、こないだ言ったことと違わない? 寒いから靴下履いてるんじゃなかったか?
 それに平気と言われても、はいそうですかって借りるわけにもいかんだろうが。こっちは一兵卒だぞ。それが王の上着に袖を通せるとでも思うのかよ。羽織ることすら罪だろ。吹雪でも起きたら着るかもしんないけど。
 だが言い捨てた眞王の薄くなった足は、さっさと女の家に向かっている。

「桁は増やしてもかまわんぞ」

 オレに背を向けたまま、女隊長の肩に回したのとは反対の腕をヒラヒラさせて高飛車に告げた眞王は、女の集団をぞろぞろと引き連れて近所の一軒家に入って行った。途中、警備兵の数人を触ってへたり込ませながら。通りすがりに魔力補給したのだろう。やられた奴等は毒女の実験も未経験のようで、初めての経験に青ざめている。
 そんな情けない兵士を眺めながら、オレは自分の額に筋が浮いたのが自覚できた。辺り構わず剣を振り回して誰彼かまわず斬りまくりたい。やんねーけど。
 それで拳を握って天を仰いだ。

  わかっている。わかっていたさ。わかってるに決まっていたともさ。こんなに簡単にオレの傷を消し去ることができる偉大な男なのだとは。そして一兵卒の身体まで気遣ってくれる優しい男なのだとも。気前も良くて顔も良くて、とんでもない魔力を秘めた、国中の国民に崇められるに相応しい王者なのだとも。

 理性でなんとかしようとした。だが感情が抑えられない。
 拳を握り締めて、あの爪痕でさえ、火傷に隠れた、この醜い恋慕の印のあの傷さえ、綺麗さっぱりぽんっと完治させてくれやがったことに気付いてますます苛立った。きっと胸に付けてしまったあの爪痕も消えているのだろう。あの男を殺したいと思っていたあの時に付けた、あの醜い爪痕すらも。

 いつものように空を見上げてオレは大きく息を吐いた。寒空に自分の吐息が登っていく。あの白い魂みたいにこの気持ちがそこへ逝けたらいいのに。
 だがこの慕情は止まらない。止まるくらいなら最初から悩まない。それでも、忘れる努力はしていたんだ。
 そう、本当は初めから知っていた。実は最初から諦めていたんだ。叶うわけがない。叶うとも、はなから思っていない。そんな夢物語は頭の片隅にだって元から無い。
 だけど眠れない夜が来る。今夜もきっと訪れるだろう。全財産を賭けてもいい。確実に今夜もやってくる。

 なのにその猊下の相手が、猊下を放って、複数の女と。
 それもオレの目の前で。
 せっかく本気で諦めようと思えたってのに、眞王が今まさに女達といちゃついてると思うとたまらなかった。
 まさかあそこまでの節操無しだったとは。
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