小説2

□慕情3 2012.2.14〜連載中 最新更新2014.6.11
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「あーあー、やってらんないわぁ」

 今すぐ飲んで騒いで全てを忘れたい。これまた、できやしねーけど。
 酒を飲んだくらいで忘れられるくらいなら、そもそもこんな風にはなっていない。
 自分の爪が付けたあの傷が、綺麗サッパリと消えていたあの傷が、気付くとまた同じ場所に出来ていた。

「……ほんっと、やってらんないわぁ」

 立ち尽くしてぼやいていると、ヒゲがやたら畏まった様子で近寄ってきた。

「あの、先程はご無礼仕りました! 改めてお詫びをさせていただきたくっ」
「あー? いいって、べつに」

 だが中年男は納得しない。ですが、としつこく詫びの言葉を繰り返し、食い下がってくる。

「眞王陛下の御付をなさっていらっしゃるということは、貴殿はさぞかし名のある御方と存じます。ぜひお名前をお教えいただけないでしょうか」

 うわ、めんどくせー。
 けどこんなに礼を取られて身分を訊ねられては、軍に籍を置いている身としては答えないわけにいかなかった。仕方なく名乗る。

「グリエだ」
「えっ!? で、ではあなたはあのグリエ・ヨザック殿なので!?」
「あのって何だよ?」
「アルノルド還りのグリエ殿でしょう? ウェラー卿の右腕の!」
「……別人って可能性はねえのか? てかなんで知ってんの?」
「珍しいお名前ですので」
「あー」

 シマロン出身のオレと同姓の奴はこの国にはいない。そしてアルノルド還りってのはある種の英雄になっちまっているために、知った途端にコロッと態度が変わる奴も多かった。戦時中は混血を嫌って始終、冷たい目で見てやがったくせにな。
 鬱陶しいのでこき使ってやった。人だかりを追いやったり追いやったり、追いやったりな。あんな騒ぎになっちまったもんだから、もう後から後からわいて来やがる。パイを持った母親と女兵士以外は通すなと言い置いて、ヒゲに警備を丸投げしたオレは木の上に身を潜ませた。これ以上、女を増やしてたまるかってのと、しばらくの間、誰とも話をしたくなかったという理由で。



 眞王が出てくるまでに頭を冷やそうという目論見だったんだが、彼が姿を現したのはそれからかなり経った後だった。とっぷりと日が暮れて、更にもっと時間が経ってからだった。日暮れからやたら冷えてきて、あーあーアニシナちゃんの手袋を持ってくりゃ良かったなーとか、本当にクソ重いなこの外套はとか、なんでオレこんなもん大事に持ってんだよとか、色んな事に後悔していたら、ようやく出てきた。

 陛下風に言うなら「ばっちしチャージしたぜ!」ってな感じの、アニシナちゃん風に言うなら「充電は完了しました」みたいな、満腹になった猫が顔を洗っている時みたいな満足げなお顔で、鼻歌っぽいものまで口ずさみながら、意気揚々と玄関から姿を現した。

 暗い野外からは明るい室内が良く見える。眩しい金髪のせいで、入って行った時と同じく女と光に囲まれて笑っていた男は、木から飛び降りたオレを見つけて片眉を上げた。

「なんだ、先に戻れと言ったのに」
「あなたを置いて帰れるわけないでしょうが」

 預かっていた外套を着せ掛けたら、ジロジロとオレを眺めて不思議そうな顔をする。

「お前のは燃えたんじゃなかったか?」
「そのへん歩いてた奴に貰いました」

 金を握らせてな。どーせ分かってんだろうに白々しい。これも請求してやるからな。遠慮なく請求してやるからな。手間賃込みで請求してやるからな!
 だいたい下っ端兵がこんなゴテゴテした貴族仕様のもんを使えるとでも思ってんのかねぇ。そもそもあんたとオレじゃ、寸法も違うんだよ寸法もな。この自慢の筋肉が通らないんだよクソッタレ。
 しかしこのおっさんを見た時から脱力感が半端ない。あのーなんかお肌がツヤッツヤしてるんですけどー。どんだけ吸い取ったんだよこのクソジジイは。
 送りたがっている女達と兵士を「こいつがいるからいい」と拒否して眞王は歩き出す。レオンの店を出た時のようにご機嫌で。

「いやー吸った吸った。これでしばらくは安泰だな」
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