静かに過ぎてゆく時間を二人きりで過ごすのは心地良かった。

 会話もなにもなくてもただヨザックの気配が部屋にあるだけで落ち着くんだよね。
 でもさっきチラッと盗み見しようとしたらずっとこっちを見つめてやがったのに気付いたよ。…そんなに僕を見なくてもいいってば。というか気が散るから見るな。…だから見るなって言ってるだろ! あのね、これは大事な書類なんだから書き損じすると大変なんだよ? その場合きみに責任が取れるのかい下っ端のくせに。
 ニヤけたツラに半ば八つ当たり気味に、でもこれを口に出すとウェラー卿ばりの臭い台詞が返ってきそうだから心の中だけで不満を吐いておいた。こいつらってばさすがは幼馴染みなだけはあってたまに似てるんだよね変なところが。ったく恋愛経験値無駄に高過ぎですよーきみたちは。こっちはそちらさん達とは違って真面目なまぁじめ〜なティーンエイジャーなんですよ。伊代は、じゃなくて健はまだ十六歳なんですからキザな台詞は慣れてないんですからねッ!
 なーんて古い歌の文句を出したところで、わかってくれる奴はこの世界に誰ひとりとして存在していないことが僕は悲しいよ。多分渋谷も知らないんだろうなー、でもジェニファーさんならウケてくれるんだろうなーとか親友のことを思い出したら、なんだか目の前に詰まれた書類をやる気がなくなってしまった。政務机に座ると窓からの陽光が当たるから背中はずっとポカポカと暖かくて、最初からあまりやる気はなかったけどね。

 平和なおかげでいつもと代わり映えのしない書類達(でも重要)にサインをするのは単調で、ちょっとだけ眠気を誘うんだ。
 この僕がそうなんだから渋谷の場合はもっとなんだろうな。王にきちんと仕事をさせたかったら机の位置を北向きに移動させたほうがいいんじゃないかという考えが浮かんだが、いやあの王は天気が良かったらボール遊びとやらに気を惹かれるんだよなと思い直す。あとはバット遊びやらグラブ遊びやら…あっキャッチャーのはミットっていうんだっけ? 僕にとっちゃどうでもいいんだけど、そう言わないとうるさいんだよなあの魔王様は。

「違うってマネージャー、ミットとグラブは全然違うの! ほらここ、ここが違うんだよちゃんと見ろって。なあ眼鏡曇ってんじゃねーの拭いてやろうか?」

とか言いだして止まらないんだよねどこまでもあのトルコ行進曲は。よくもまあたかが革製品についてそんなに喋れるもんだと感心したからこの間はわざと止めずにほっといたらさ、なんと一時間も話していましたよあの野球馬鹿キャプテンは。
 僕はあの時渋谷の中に少しだけフォンクライスト卿を垣間見たね。きらきらお目々で楽しそうに語る姿は、渋谷や僕や眞王相手の妄想を陶酔しながら語る彼にそっくり、なーんて言ったら本人はかなりなショック受けるだろうから黙ってたけど。あー僕ってやっさしいなー。

 あ〜あ、渋谷のことを考えたら余計に仕事をする気がなくなった。だって元々この仕事は僕のじゃないもん。よしっ、あんまり甘やかすのは本人のためにも良くないし、残りはちゃんと魔王様にやらせよっと。

 そう決めてペンを置いた。うーんと大きく伸びをしてコキコキと首や肩を鳴らしていると、いつの間にか寄ってきていたヨザックが僕の後ろから身を乗り出すように机に手を置いてくる。
 そのあからさまに休憩を待ちかねた、ってな素早さが笑いを誘ったけれど、空いている方の手は当然のように僕の頬を持ち上げようとしてきたので、笑みを顔には出さないように唇を引き締めた。

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