さっきからお地蔵さんみたいな顔した男が僕の頭を撫でてくる。

 あからさまにその手を避けているというのに、彼はそんなこっちの心理などお構い無しだ。僕が離れれば離れただけまた距離を詰めて手を伸ばしてくるから欝陶しくて堪らない。僕はこの本が読みたいのに、これじゃ気が散るったらないじゃないか!

 でもジロッと睨んでみても悟りを開いたかのような顔は変わらない。他の奴ならこれで必ず慌てて目を逸らすのに。もうこの男には免疫がついてしまったんだろうか? ヨーシヨシヨシというのが口癖の某動物王国の主のように、人の頭を撫で繰り回すその手を振り払うのにも疲れたから、掴んで口に入れてみた。

 指を噛んでみたけどヨザックは眉ひとつ動かさない。相変わらずにこにこしているその顔がムカつく。だからもうちょっと力を入れて噛んでみる。
 ……変化無し。
 このやろう、と思いっきりガリッとやったら口に鉄の味が広がった。

 あっ……やりすぎたかな……だけどまだ同じ顔で笑ってるからまあいいや。つーかこいつは本当にムツ○ロウかナウシカなのか? でもそういやなんでこれ「鉄の味」っていうんだろう、鉄を舐めた事なんかないのに。そんな趣味ももちろんないしさ。だけど何故か皆同じく「錆臭い鉄の味」って言うんだよなぁ。誰か錆びた鉄を舐めた人がいるのかなぁ?不衛生だよねぇそれは。でも鉄が無い時代はなんて表現してたのかちょっと気になるなぁ。

 そんなことを考えていた僕の頭を、相変わらずにこにことしたヨザックが、噛まれているのと反対の手で撫でてくる。なんだよこの余裕は!ちょっとくらい怒れよなー!
 ……よーし、こうなったら意地でもこのニヤケ面を変えてみせよう。

 決意した僕は舌を動かした。アレにするようにいやらしく。

 舌全体で包むように舐めると、ヨザックの目元がぴくりと反応した。それに内心でガッツポーズをしながら自分の表情は変えずに、そのままの顔で少し細まった青い目を見つめて音を立てた。
 血の味がしなくなったそれをゆっくりと一本一本しゃぶっているうちに、ヨザックの表情から段々笑いが消えていく。とうとう今までの余裕も無くなったらしいみたいなので、もう一度心で石松ポーズをした。
 彼は真剣な眼に変わって僕の口元をじっと見ている。…馬鹿だなあ、瞬きすらしていないよこいつは。

「……猊っ」

 もう我慢できません! ってな顔をしたケダモノが襲い掛かろうとしてきた瞬間に、口を離してやった。

「あっ、忘れてた。渋谷のところに行くんだったよ」

 スカッとヨザックの腕が空を切る。僕が立ち上がって避けたからだ。
「はあっ? なんスかそれ!?」
 勢い余って倒れ込んだ八時二十分眉毛の間抜け顔が、ものすごく不満そうな声を出した。
「だから渋谷のところに行くんだって。いや〜この僕ともあろうものが、約束したのをすっかり忘れてたよー、失敗失敗」
 てへっと舌を出して拳でコツンと自分の頭を軽く殴ってみせた。うわ、我ながら古いよ。渋谷がいたら絶対「村田、お前って何歳?」という聞き慣れたあの台詞をまたくれるんだろうね。
 そんなことを考えながら、じゃっ、と手を上げてドアに向かった僕がドアノブを摑んだ時、バン、と顔の横に何かが突き刺さった。
 と思ったら、それは矢でも槍でもなくて、腕だった。太い腕がドアを塞ぐように僕の顔のすぐ横にあった。

「……そりゃあ、ないんじゃないんスか」

 ヨザックの笑いの質が変わっていた。声はあいかわらず軽いが、その眼はギラギラしている。ヤバイなあ、ちょっとやりすぎたか?
「離してよ」
「嫌です」
 ドアノブを摑んで回そうとする僕の手に彼の手が覆い被さって、無理やり引き剥がされた。
「渋谷と約束があるんだってば」
 ニッコリと微笑んでやったら同じような笑顔が返ってきた。眼はちっとも笑ってないけどね。
「陛下は今頃は隊長と城下ですよ。今日は遠乗りに出掛けるって仰ってましたから」
「僕もそれについていくんだよ」
「あなたが遠乗りィ? ハッ、冗談でしょ」
「なに言ってんの、僕が嘘ついたことある?」
「えーえ何度もね。今までどんだけつかれたんだか、オレもう数え切れませーん」
「ひどっ! うわ―なんだよその言い草は。いいから離せ」
「嫌です」
「離っ……んっ!?」

 いきなり噛みつくようなキスがきた。
 手は押さえつけられてるし、いつの間にか両足の間に入り込まれていたから蹴ることも出来ない。抵抗しようにも、あっけなく出来なくされている。くそう、いつの間に!
 コンチクショーという思いもこめて口の中に侵入してきた舌を噛んでやろうとすれば、吸われて逆に引っ張り出された。

「んんっ」

 そのまま歯で軽く扱くように舌を吸われて舐められて絡められて。
「んうっ」
 おいおい誰だよ、こいつにこんなキスを教えたのは!
 それは僕だよ。
 なんだと? 僕の馬鹿―!
 違うもん、僕じゃないもん、クリスティンのせいだもんー!
 馬鹿な自問自答をしているうちに、いつの間にかヨザックの手が下がってきていた。
 服の上からいやらしく撫で回されて、おまけに口への攻撃はますます増してきて。吸われて甘噛まれて扱かれて、頭の芯がぼうっとし始めている。
 このままじゃヤバイ。なんとか隙を見つけて逃げないとヤラれる。こんな昼間っから、こんな明るい場所でするのは嫌だ。
 だが前を触っていた手がベルトを外し始めて僕は焦った。

「ちょっ……んんっ」

 時間もそうだけど、なんたってここはドアの前だ。木の板を一枚隔てた向こうは廊下で、いくらこの部屋が城の奥にあるといっても、大きな声を出せば外に聞こえないとは限らない。
 だがヨザックは慣れた手つきで深いキスをしながら僕の前を空けて取り出すと、直接弄り始めた。
「んっ!」
 刺激に思わず仰け反ったらドアに頭をぶつけた。痛いじゃないか、くそっ!
「はな……せっ」
 けれど獣は答えなかった。無言で握り、そして動かす。

「……くっ……」

 勝手に反応している息子が恨めしい。こんの親不孝者め!
「っう……ぁ……」
 クチッと耳に小さな水音が届いて僕は眉を寄せた。音までしだしたよコイツは! こらーのこ馬鹿息子ー、お父さんお前を勘当するぞー!
「んぅ……っ」
 けれど、いつも心と身体は裏腹で、望み通りにはならないんだよねぇ、って昔を懐かしく回想している場合じゃないってば!
 ちょっと、何してんのこの獣は!?

「ああっ!?」

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