ブック13
□君に言いたかった言葉
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静かな波の音だけが聞こえる砂浜で、ルルーシュは空をじっと見つめていた。
彼のすぐ側には、すでに眠りについたユーフェミアが小さな寝息を立てている。
目を閉じた無防備な彼女の表情は、二人の妹とよく似ていた。
眠るまえ、ユーフェミアは星は昔と変わらないと呟いていた。
確かに、見上げる夜空には無数の小さな星々がキラキラと輝いていて、あの頃、ナナリーやマリアンヌ、そしてユーフェミアとルルーシュでよく見ていた星と同じ様に見える。
―――科学的に考えれば、全く同じ星なのかもしれない。
「……ん」
ふいに、眠っていたユーフェミアが身動ぎをした。仰向けだった彼女は横になって、背を丸める。
ぎゅ、と下に引いていたゼロのマントを握り締めた。
その仕草を見て、ルルーシュは頬を緩める。
昔、一緒に寝ていた時に、同じ仕草を見た。
(本当に君は変わってないんだな)
河口湖で、人質を守るために名乗りを上げたり、
無人島で遭難しているにも関わらず、どこか楽しそうにしてるところ。
変わらない彼女と接していると、ルルーシュはいつも仮面を被ることを忘れてしまう。
ただのルルーシュになって、ユーフェミアに振り回されてしまう。
昔はそれが心地好かった。
でも…
でもいまは。
「……ルルーシュ」
「っ」
気付けば、薄紫色の瞳がルルーシュを見つめていた。
「………」
「ユフィ?」
じっとルルーシュを見つめるユーフェミア。
彼女の瞳から感情を読み取れなくて、ルルーシュは居心地の悪さを感じる。
「ルルーシュ…」
「な、なんだ?」
「………生きていてくれて、…ありがとう」
「えっ?」
ルルーシュは目を見開く。
ユーフェミアは目を伏せて、ぎゅっとマントを握り締め、そこに顔を埋めた。
「夢を、…ルルーシュがいなくなって、亡くなったって聞いたときの夢を、見ました。
目が覚めて、ルルーシュがいて…、嬉しかったんです。
…だから、言いたくなって…」
「………」
ユーフェミアの表情はルルーシュには見えない。
でも、どこか固さを感じるユーフェミアの声色に、ルルーシュは気付いている。
彼女はルルーシュが生きていたことを本当に喜んでくれている。
ただ、手放しに喜ぶことは出来ないでいる。
なぜならルルーシュは、自分とユーフェミアの兄を殺しているのだ。
ルルーシュは何も言えず、彼女の手に触れた。
―戻れたら、どんなに良いだろうね…
少し前に告げた言葉が脳裏に浮かぶ。
もう、戻れない。
戻れるはずがないのだ。
あの頃とは、もう何もかもが違う。
ルルーシュとユーフェミアも、あの頃とは違うから。
マントを握り締めるユーフェミアの手を、ルルーシュはそっと包み込んだ。
かつて同じくらいの大きさだった手は、今ではルルーシュの方がずっと大きい。
彼の手袋越しのぬくもりに、ユーフェミアは泣いてしまいそうになる。
ルルーシュは変わってない。
理屈っぽいところも、優しいところも、ちょっと頼りないところも。
温かい手も変わってないのに、この手は罪を負ってしまっているのだ。
あの、ルルーシュが。
今だってこんなにも優しい彼なのに。
互いに何も言えないまま、時が流れていく。
波の音は絶えず、静かに聞こえる。
ルルーシュは、ずっと彼女に言わなくてはならなかった言葉をそっと呟いた。
ごめん…
波の音より小さく呟いた言葉は、彼女の耳に届いたのかは分からない。
。
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