キツネ物語
□裏切り.1
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喫茶[昼行灯]のカフェテラスに一人の少女が座っていた。
少女は出されたコーヒーには一口も手をつけず、ただぼんやりと風景を眺めているようだった。
そんな少女のだす雰囲気は、のんびりとしたものではなく、張り詰めたどこか暗いものであった。
「憂うつだわ」
少女はそう呟き、コーヒーへと視線を落としたが、すぐにまたその景色へと視線を戻す。
そして、ふぅ、とため息を漏らした。
そんな少女の後ろに立つ人物がいた。
この喫茶店の店長(マスター)、駈辺綾(くべりょう)である。
「お客様、店先でドス暗い雰囲気をかもし出されますと、お客様に逃げられてしまいます。営業妨害になりますので、さっさと帰りやがれませ小娘。」
駈辺の言葉は慇懃無礼そのものであったが、
「別にいいじゃない。その客自体そんなに来ないんだし。それに、その数少ないお客様にそんな言葉遣いでいいの? 小娘ってかなり失礼よ」
少女は、言葉の割にはたいして気にしている様子もなく、外へと視線を合わせたまま駈辺の言葉に応えた。
駈辺はそんな少女の言葉にどこか呆れたのか、軽く肩を落とした。
「お前なぁ……。お前が名前なんて名乗りたくないから好きに呼べばいいって言ったんですよ、だいたいお前って奴は…」
「はぁ〜。青春っていいわね」
駈辺の抗議に無視を決め込んだ少女は、たまたま行われていたツンツン頭の少年とバチバチと尋常でない量の静電気で空気を鳴らす少女の痴話ゲンカを見ながらまた、ため息をついた。
しばらくするとツンツン頭の少年が何か謝るような動作の後、慌てて走って言った。残された少女はジッと少年の走って行った先を見ながら佇んでいた。
口が小さく動き、何か言っているようだったが、カフェテラスまでには絶対に聞こえない。それほどの距離にいるはずなのだが、
「『せっかく話しかけてやったのに』かぁ……青春ね」
カフェテラスにいた少女は完全に、その少女の呟きを聞き取っていた。
正確には聞き取っているわけではないが、彼女の持つ能力、『広域把握(テリトリーレーダー)』がそれを可能にするのである。
「はぁ? なんです」
駈辺は広域把握の言葉に怪訝な表情で聞き返した。
「あの少女がそう呟いたのよ」
広域把握はめんどくさそうに、今だ立ったままでいる少女を指差す。