めいん

□帰ってしまう
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隣で健やかに眠る彼の左手の薬指を見て、ふと泣きそうになる
 
何度も外そうとした、けどあと数センチというところで手が震えて駄目になってしまう
 
そういうときは必ず黙ってベッドから抜け出して、声を圧し殺して泣くのだ
 
好きという気持ちでは誰にも負ける気がしないのに、女でないという理由だけで結婚もできない
 
彼しか愛せないこの身体は女みたいに柔らかくもなければ挿入しやすくもない
 
俺を好きと言っておきながら、どうして結婚したの
 
俺をこんな身体にしておきながら、どうしてこんな指輪を嵌めてるの
 
結婚したならもう来ないでほしかった
 
もう愛さないでほしかった
 
余計傷つくだけなのに
 
でも来ないでと言うだけの勇気もない
 
「うっ……く、ぅう…」
 
声を漏らさないよう漏らさないよう努力はするのだが、やはり聞こえてしまうようで
 
「…どうしたの?」
 
優しい優しい彼の声
 
でもそんな彼も夜が明ける前には帰ってしまう
 
そうして愛しの奥さんに甘い言葉を囁くのだろう
 
そんなの嫌だ、耐えられない
 
あなたを愛するのは俺だけだと信じていたのに
 
どうして、
 
 
「…なんでも、ない。寝てなよ。まぁどうせすぐ帰るんだろうけど」
 
どうしても言葉に棘が含まれる
 
でも気にしてられないくらい俺の精神はずたぼろだ
 
ふっと笑う気配がすると思ったら、後ろから抱き締められた
 
ガラス細工を扱うように、そっと、でも力強く
 
何をするんだともがけばより腕に力を込められる
 
諦めて身体を委ねると、止まったはずの涙がまた流れはじめた
 
このまま時が止まれば、ずっとこの世界に二人っきりなのに
 
彼はもうじき帰ってしまう
 
それまでこの温もりを独り占めしていたい
 
わがままだとは知っている
 
でも、彼は帰ってしまう
 
 
 
 
 
 
 
 
          end.
 

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