短編(ブック)

□「僕のこと、好き?」
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大学の帰り道、一人歩く私はある喫茶店へ入った。

「あ、いらっしゃい」
「こんにちは、タケルくん」

慣れた様子でカウンター席に座り、コーヒーを頼む。
気さくに挨拶を交わすのは高石タケルという男の子。
私はこの店の常連客で彼はアルバイトだ。





ここに初めて来たのは半年前。
付き合っていた彼氏にフラれた。
2年も付き合って、フラれた言葉が「理解できない」。
拒絶されたこととか、気持ちが離れていたこととか、たくさん思うことはあったけれど、私がとった行動は笑いだった。
乾いた笑いでそっか、とだけ返した。
彼は何かを話していたけれど、私の頭にはちっとも入ってこずに聞こえたのは「ごめん、さよなら」の二言だった。
待って、別れたくない、そう言おうにも喉が熱くて言葉にならず息を吐くだけだった。
泣きたいのに、泣けない。涙は出てこない。
とても好きで、大切で、大事で。
大事ならもっともがけ、とどこかのありがちな小説でも後に友達などからにも言われたけれど、言えないと思った。
彼のことだ、きっとずっと悩んで悩んで悩みぬいたんだ。
そう思うと、何もいえなかった。意地汚くあがくなんて真似はできなかった。
残ったのは泣けないという意地だけ。
ふらふらと歩いていると人通りの多い街の裏通りに来てしまったようで、あれだけたくさんいた人々がまばらで町並みも人の様子も落ち着いた場所にいた。
そこで出逢った小さな喫茶店。
とても優雅に紅茶やコーヒーを飲む気分ではないというのに、足が引き寄せられるように店内に足を突っ込んだ。
店内に客はいないようだったが、金髪碧眼の同年代と思われる男の子がカウンターの向こうにいた。

「いらっしゃいませ、何になさいますか?」

カウンター席に座る私はえっと、と言葉を詰まらせながらもコーヒーを頼む。
かしこまりました、と返事が返ってから数分。
ボーっと机を見続ける私の視界にコーヒーカップが映りこむ。
顔を上げて男の子の方を見ると、どうぞ、と人の良い笑みを向けられる。
いつも砂糖とミルクを少量入れるのだが、今はそんなことをしている余裕というものすらなく、ブラックのままのコーヒーを一口飲んだ。
苦い。苦いけれど、心が温まっていくような、そんな気がした。
寸前で止まっていた涙があふれ出てくる。
ボロボロと泣く私に驚いたのか、男の子はおろおろしていた。

「お、お客様、どうかされましたか?」

「・・・違う、です。すごく、ホッとして・・・涙、が・・・」


男の子は神妙な顔をしてどうかされたんですか、と落ち着いた声で尋ねる。
他人の身の上話が好きなのだろうか、と暢気な考えがよぎるが、そんな考えとは裏腹に口が先ほど付き合っていた人にフラれたことを話していた。
私が話している間、男の子は何の口も挟まずにひたすら聞いてくれる。
それが心地よかったのだろうか、見知らぬ男の子に私はありのまま、全てを彼に話していた。
涙もマシになって、話も終わったところでやっと彼は口を開く。

「その人のことを、愛していたんですね。泣けないっていう意地をはるほど」

人は執着し、依存する。
だから、別れが来ると人はすぐに涙を零すし、一瞬でも引き止めたいと願う。
別れがきても涙を零さないのは、興味を失った・・・あるいは失いかけているか、思いすぎて泣けないと意地を張るか。
僕はこの二種類しかないって考えてるんです。

「そして、あなたはきっと後者で、ずっと我慢してきたんでしょうね。二年分であなたはきっと今までの人生分の恋をした」

その言葉はとても詩的で後から考えれば恥ずかしい言葉であったけれど、その時の私には折角止まりかけていた涙をまたあふれさせるには充分な言葉だった。
声を上げて泣く私に、彼は苦笑して私の頭をそっと撫でた。




そんなことがあって、次にお礼を言いに行こうとその喫茶店に行こうと思っていたが、あれだけボロ泣きしたのがすごく恥ずかしくて行くのにとても勇気が必要だった。
結局、恩人たる男の子の名前を聞けていないし、一度はお礼を言わないと気がすまない。
そう無理矢理考えをまとめて、突撃するようにまた店内に足を運んだ。
店内にいたのは、先日の金髪碧眼の男の子と前は見なかった中年男性の二人。
頭の中でまとめておいたはずのお礼の言葉が霧散していく中で、しどろもどろに礼を述べる。
彼は元気になったみたいで良かったです、と笑っていた。
彼は高石タケル。私と同い年の大学生で都内でも知名度の高い大学に在籍しているらしい。
初めてみる男性はマスターで彼、タケルくんはアルバイト。
二人とも、とても話しやすくて私が常連客になるのは時間の問題だった。


そして、半年。
時間があれば喫茶店に行っていた私は、タケルくんの知り合いにたくさん出逢った。
有名バンドのボーカルをやっていたタケルくんのお兄さんやそのお兄さんの親友、お兄さんの彼女など。
皆、大切な仲間だって、とても優しい瞳で彼らを見つめていた。

「何、考えてるの?」
「初めてここに来た時のこと思い出してたの」
「あぁ、恋愛相談された日のことだ」

・・・恋愛相談。いや、間違ってはいないか。私としてはなんかしっくり来てないけど。

失恋の痛手は消えて、私はタケルくんを好きになりかけている。
なりかけ、とはまだこの感情に蓋をできる段階だからだ。
こんなルックスだし、柔和な性格でモテないはずがない。
現に大学ではアイドルのような存在らしい。自分でもモテるという自覚はあるようだ。

「見知らぬ人間の失恋話聞くなんて、タケルくんは優しいよね」
「僕だって流石に知らない人の重い話を聞くなんて早々しないよ」

でもなんでか、君のときは聞かなきゃ、って思った。
一目惚れだったのかも。

さらりと宣うタケルくんの言葉をすぐに聞き入れられなかった。
言葉の意味を理解して、顔を真っ赤に染める私に嬉しそうに笑うタケルくん。
一瞬でこの感情は蓋を閉められないくらいに広がった。


「僕のこと、好き?」


「僕とこれからの人生分の恋、してみませんか?」

頷くしか出来なかった。



―――――
デジモンメモリアル企画「僕らの記憶」さまに提出。

タケルのウェイター姿はきっと破壊力抜群。

10/07/23.

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