小説天狼星
□Over the ”Night rainbow”
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――その日、ハリーは空に虹を見つけた。
青い空に真っ直ぐ掛かった、七色の橋――…。
―――シリウス。――……珍しい。
後ろから近寄って来た、長身の青年に語りかけると、青年は穏やかに応じてくれた。
―――さっき降った俄か雨のせいだろう。―――ハリーは、虹が好きかい?
耳に響く甘いバリトン。くしゃくしゃの髪を撫でてくれる、男らしい指。
ハリーは、シリウスが、大好きだった。
―――うん!
大きくうなづくと、シリウスの笑う声がした。
―――それなら良かった。……リリーが心配していたよ。――雨が降っているのに、中に入って来ない…って。
―――………………。
背後からの言葉に、ハリーはうつむいた。
ハリーの母親、リリー・ポッターは、ハリーがシリウスを慕う事を、あまり快く思っていない。
けれど、ハリーが何か変わった事をしていたら、様子を聞きにシリウスを寄越してくれるのだ。
振り返ると、シリウスは、少し悲しそうに微笑っていた。
真っ直ぐな漆黒の長い髪。端麗な面差しと穏やかな瞳。
―――『シリウス。――今年は、どこに連れて行ってくれるの……?』
―――『今年はリリーが渋っているから、ハリーとは行けないよ?』
答えが怖くてもじもじしていたら、シリウスが、ぽんと肩を叩いて、ハリーに言った。
―――おいで。レグルスがミックスベリーのタルトを焼いてる。――お茶は、黒揚羽の胡蝶茶を入れた。――好きだったろう?
言葉に、ハリーは叫んだ。
―――本当に!?
シリウスは、笑顔でうなづく。
"君の前の私は、本当の事しか言わないよ?"
ハリーは、シリウスの腕に掴まって、ガーデニング・チェアーから飛び降りた。
シリウスといられるのは、今日だけかもしれないのだ。
……こんな事くらいで、落ち込んでなどいられない。
ふと空を見てみると、虹の七色がにじんでいた。
もうしばらくしたら消えてしまうのだと、鮮烈に悟った。
―――シリウス。僕、消えない虹を見てみたいなぁ……。
言葉はただの願望だったけれど、明るい笑い声はからかった。
―――じゃあ、ずっと、滝の中みたいな空気が続いているんだろうね。
見上げたシリウスは笑っていた。
手の平を包む体温が愛しくて、きつく握り締めると、―――ハリーをなだめる様に柔らかく。
シリウスは手を握りかえしてくれた。
年齢の離れた名付け親が、――シリウス・ブラックが、愛しくて愛しくてたまらない。
消えない虹の真ん中で、声の限り。
―――思い切り叫んでみたかった。
"Over the Rainbow!!"
夏が始まる―――……。
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