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□午睡
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目が覚めると、あなたはもう此処に居なかった。寝乱れた自分の姿と、薄れ行く香水の香りだけがこの部屋に残っている。
つい先程まで自分のものだと信じて疑わなかった温もりを、突如として失ってしまったのは酷く気の滅入る出来事だった。
残されるのは好きではない。何時かの、あの絶望をむざむざと思い出してしまうから。
ひとりきり、誰も居ない部屋。真夏の盛りだというのに、薄ら寒い気がして、未だあなたの匂いの残るシーツに頭からすっぽりと包まった。
匂いは記憶を呼び覚ます。まだ抜けも切らない気怠い夢の名残は、その瞬間見事なまでに鮮やかに、記憶の中のあなたを蘇らせる。
その息遣いを、私を見上げる潤んだ瞳を、抱き寄せた細い肩を。
手を伸ばせば、この腕の中に今もあなたを抱いているような、そんな気がして。
だがしかし、現実に掴めるものなど、何も在りはしない。
あなたの幻を掴み損ねて行き場を失った指は、仕方なく自らの冷たく長い髪を掬う。昨夜紡いだ夢の続きをもう一度、今一度。
重たい瞼と身体を意識の片隅に感じながら、私は再び眠りについた。
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