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□ブラック・ダイヤモンド
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それに感動したと、他ならぬまた子が言ったという事実が信じられず、万斉は目を瞬いた。
「一方的な偏見で、簡単にオタクとか言った自分が恥ずかしいッス。
よく考えたら先輩の部屋、つんぽ♂が手掛けたCDが多かったッスから、お通ちゃんって言うかつんぽ♂さんのファンなんスか?」
「そ、そうでござるよ。彼のアレンジャーとしてのセンスに惚れて……」
苦し紛れとはいえ答えた言葉に納得したように、少女は頷く。
考えようによっては、これは渡りに船というやつだ。アイドルオタクだと思われているよりは、音楽オタクと思われている方が良いに決まっている、と寺門通親衛隊辺りに聞かれたら、タコ殴りにされかねないことを考えながら頷き返した。
「やっぱり、そうだったんスね!
先輩もライブ行ったりするんスか?」
「そうでござるなァ、やはり鬼兵隊の仕事が優先でござるし、たまに行く程度でござるが……」
そう言いながら、万斉の頭にはある考えが浮かんでいた。
プロデューサーであるつんぽ♂には、無論コンサートチケットは毎回無料であてがわれる。だが鬼兵隊の仕事で江戸どころか、日本にさえ居ないこともある為、ツアーの一講演だけでも見に行けたら良い方だ。
前回は遂に一度も顔を出せず、お通もひどく落ち込んでいたと言う。だから来週の大江戸体育館であるコンサートは、多少無理をしてでも見に行くつもりだった。
彼女は手掛けているアイドルの中でも、自分が特に入れ込んでいる相手だ。そのモチベーションが下がることは極力したくない。
そこに来てまた子のこの発言。正に渡りに船だった。
「ま、また子殿。
その来週あるお通殿のコンサートでござるが、実は拙者チケットを一枚余らせてしまって……もしまた子殿さえ良ければ、」
「マジッスか!?」
一緒に行かないか、と言う前にまた子にガシッと手を掴まれた。その両目は見たことがないほどに輝いている。
「そ、そんなに良い席ではなくて悪いでござるが……」
と言うより関係者席なので、多分雰囲気としては異質だろう。それではまた子も雰囲気まで楽しみきれない。
だが今からでも二人分くらいなら、席は何とか確保できるだろう。その程度の権限はある。
良席は無理でも、折角だからコンサートの生の雰囲気を彼女には楽しんで欲しい。
「でも一緒に行く人が居たんじゃ……?
本当にアタシが貰っちゃって良いんスか?」
「大丈夫でござるよ」
さり気なく手を握り返しながら、強く首肯すると、また子は見る見る笑顔になった。
「じゃあお言葉に甘えるッス!
有難うッス、先輩。来週楽しみにしてるッスよ!」
そう言って、少女は上機嫌を隠すことなく、元来た廊下を引き返していった。その後ろ姿を見て、やはり自分の頬が弛むのを感じる。
「職権乱用ですなァ、つんぽ♂殿?」
だがそれを不意に軋ませるような気配が、背後から言葉と共に現れた。振り向かずとも判る。
この人を嘲るような物言い、くゆる煙草の香り、隠しきれぬ獣の爪。
「晋助……」
「なァにがつんぽ♂のファンだって?
言っちまえば良いじゃねェか。自分がそうだって」
コンサートにまで誘って白々しい、と笑いに混ぜて高杉が言う。
「知っていたのでござるか?」
そんな気はしていた。だが今まで彼はそんなこと、お首にも出さなかった。
だからもしかしたら、とも思っていた。
「あァン? 何言ってやがんだ
お前ェらのことで俺が知らないことなんかねぇよ、バァカ」
そう言って高杉は、すぱぁっと煙を吐き出した。
「まぁ精々頑張んな」
「何を、でござるか?」
「何言ってやがる、デートだろ」
それさえも知られていたかと、流石に固まった万斉にこれみよがしに、高杉はクックッと喉奥に笑声を転がしながら、肩を叩いた。
そして「来週が楽しみだなァ」と言う言葉ひとつ残して彼が去った後も、万斉はひとりそこに取り残されていた。
と言うわけで万またでした。
晋助様完全にお楽しみですね。しかし鬼兵隊はこう言うのが良い。
また子と高杉に振り回される万斉が好きです