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□霧のよすが
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 高杉は、お前らを仲間だと思ったことは一度もねぇ、と言ったという。
 桂は、昔も今も俺たちは仲間だ、と言う。
 辰馬は、旧い友人だ、と称した。
 さぁ坂田銀時にとって、彼らとは何だろう?



霧のよすが



 銀時はだらしなくソファに凭れかかり、机の上に足を投げ出していた。最近万事屋は細かな仕事が多く、大食漢のひとりと一匹にも満足に、とは行かずとも、食うや食わずと言った生活からは脱している。お陰で彼はいつも疲労困憊という態を隠せず、いつもなら「お前は俺の母ちゃんか」と怒鳴られるほど行儀には五月蝿い新八も、何も言わずにその脚の隣に茶を置いた。

「銀さん、これ」

 そうして彼も向かいに座って一休みするのか、それとも溜まっている家事を片付けるのかと思っていたが、そのどちらでもなく少年は真新しい新聞を一部差し出した。

「何だよ?」

 無言で促されて紙面に目を落とす。
いつも下階のスナックから一日遅れで届けられる新聞の見出しには、見知った名が踊っていた。

『狂乱の貴公子 桂小太郎 獄門島を脱獄!?』

 三流のスポーツ紙に有りがちな派手な踊り文句を何度か読み返した銀時は、ぱちぱちと瞬きをする。

「おぉ、なんか派手なことやってんなぁ」

 机上の湯呑みから茶を啜り、くぁっと大口を開けて欠伸を零した雇い主の言葉に、虚を突かれて新八は眼鏡の奥で目を眇めた。

「それだけ、ですか?」
「はぁ?」
「桂さんは銀さんにとって、お友達じゃないんですか?」

 他人事のようにも聞こえる評を、多感な年頃の少年は冷たいと詰る。そうは言われても、銀時にとっては他人事なのだから仕方がない。例えそれがかつては共に戦場に立ち、背を預けた相手だとしても、袂を分かった以上、桂は過去の亡霊だった。

「オトモダチ……か、」

 その響きが彼と自分の関係にはそぐわなくて、くっと口唇を歪める。それがどうにも酷薄に見えることを知っていたが、銀時はそれを隠さなかった。

「新八、お前には俺たちが友達に見えるんだなぁ」

 笑声が喉を震わせる。
何故かひどく愉快な気分だった。

「僕には銀さんと桂さんは、とても近しい間柄に見えます。
 盟友、いいえ親友と言うのは、こういう関係なのかと」

 この純粋な目には、自分たちはそう見えるのかと思うと、哀れで滑稽で、ひどく羨ましく眩しい。確かに嘗ては友人と呼び合える関係だったこともある。ただ互いに好意に好意を返し、尊重し、高め合えるような、そんな関係だったこともある。
 けれど今ふたりを繋ぎ留めるのは、腐り落ちる寸前の醜くも脆いよすがであった。ただ互いに奈落へと引きずり込まれぬよう、もし相手が足を滑らせようものなら、すぐ様断ち切れるよう、ただその為だけにのみ、言葉を交わし情を交わした。

「じゃあ銀さんは」

 飲み干した湯呑みを新八は取り上げる。夕飯の支度に戻るのだろう。先程から鰹出汁の香りが鼻腔を擽っていた。

「桂さんのこと、とう思ってるんですか?」

 彼はそれにくいっと首をひねり、人差し指で顎をひと撫でした。



 高杉は、お前らを仲間だと思ったことは一度もねぇ、と言ったという。
 桂は、昔も今も俺たちは仲間だ、と言う。
 辰馬は、旧い友人だ、と称した。
 さぁ坂田銀時にとって、彼らとは何だろう?


「未練だよ」


 そう言って銀の死神は笑ったのだった。







銀桂と言って良いものか……てゆか言ったら殴られそう。
しかし他になんなんだよ? って訊かれたら、やっぱり私は銀桂って言う。
ふたりの間にあるのが、恋情でも友情でもない、ただの執着でも良いじゃないの、という戯れ言。

090414


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