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□白皙の日
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 常緑の松の葉に、白雪が積もってその色を見せなくなる季節を、銀時はひどく忌んでいた。けれども移り行く時は止めようもなく、年を越すと雪が降り始めた。

「寒ィだろうが、襖閉めろや」

 けれども、その室の中でそれを厭うのは自分ひとりのようで、誰も従う者はいない。
 誰も、とは言っても、部屋にいるのは戦場にあっては邪魔になるだけだろうに、長い黒髪を惜し気もなく肩に垂らした少年ひとりで、彼はもしかしたら銀時の言葉ごと聞いてはいないのかも知れなかった。
 夜半から降り始めた雪は、朝になっても収まる様子を見せず、今もただ深々と振り続けている。それを窓越しに眺め続ける友の背に、ふと師の面影が帰って目を見開く。
 そんな風に日々の風景や人々の中に亡き人の影を追うのは、よくない癖だと自分でも判っていた。そしてそれを彼も、友人たちも望まないこともよく判っていた。
 だと言うのに、目が耳がどうしようもなく、松陽を探す。寄る辺のない赤子のように頼りなく、どうしようもない衝動だ。けれど彼はもういないのだ。だから銀時はちいさく頭を振った。

「銀時」

 不意に耳に静かな声が響く。それは今まで外を眺めていた筈の、幼友達の声だった。知らぬ間に彼はこちらを振り返っていた。朝日が差し込む窓の前に座る彼の頬には影が差して、その表情までを見ることは叶わない。
 しかし僅かに細る声に不安が覗いているのは感じられた。それが何故なのかが判らず、逆光の中に澄んだ黒曜石の双眸を探したが、どうしても捕らえきれずに瞬く。

「どうした?」

 不安に釣られたように声が掠れた。それをごまかすように喉を擦る。
 窓の外は明るくなりきれず、重く垂れ込めた雲間から差し込む陽光が、ゆるゆると雪の粒を輝かせていた。それが何処か燃えているようにも思えて、ふと自分と同じ光景を友も見ていることに気付いた。

「銀時、お前はまたあの日のことを考えているのか?」

 それを尋きたいのはこちらの方だ、とは銀時は言わずにいた。言わずとも、それは既に知れていた。
 桂の言う、あの日。彼と自分が師を失った日。死を感じた日。
 死と生きる覚悟をした日。
 記憶はいつも簡単に、あの日に帰ることが出来た。
 あの日もひどく寒い日で、村中の色が判らなくなるほど何処も雪に覆われていた。銀時は白い息を撒き散らしながら、その中を駆けていた。
 初めに気付いたのは誰だったか、それはもう曖昧になってしまって、靄がかかったように思い出せない。けれど、そのとき誰かが言ったのだ。村の端を指さして、松陽先生が、と。
 どうした、という言葉尻が閉じられたのかどうか、銀時は知らない。ただ黒い煙が、染められる筈もないというのに、絶えることなく空に上り続けているのを見た瞬間に駆け出していた。
 銀時は走った。ただひたすらに、脇目もふらずに走った。その煙の立ち上る元が、師の家でなければ良いと考えることもなく、ただひた走った。
 そして不意に視界が開けた。
 果てしなく続くように思われた雪景色は唐突に途切れていた。
 炎の赤と熱によって、途切れざるを得なかった。
 住み慣れた古い家屋の、そこだけがまるで夏のように暑く、明るく。青々とした松葉の影が、やけにはっきりと地面に刻まれていた。

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