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□ガラスの華
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 その一言は、ワタシたちの関係を徹底的に変えてしまった。彼は「そんなに簡単に割り切れるほど簡単じゃねェや」と言って俯いた。そう言われたらワタシも返す言葉を無くして、彼の擦り切れて剥げた革靴の先を眺めていた。


友達にはもう戻れない
恋人になれなくても



 その存在が自分の中で、こんなに大きくなったのはいつからだろう。そんなことはもう覚えてない。
 そもそも彼が『好きな人』になる前の、自分たちの関係に付ける名前が思い付かなかった。
 腐れ縁の喧嘩友達。
 それが妥当なところなのかも知れないけれど、それにも神楽は頷くことが出来ない。
 そして彼を目で追うようになって気付いたこと。それは彼が時折悲しいくらいに遠い目をすることだった。
 彼はきっと愛している人が居る。それが恋愛であるのか、それ以外の某かであるのかは判らなかったけれど、その人がいる限り自分が一番になることはないのだろうと思った。
 だから神楽は何も言わなかった。いや言えなかった。
 叶わぬ恋だと諦めることは出来ず、だからと言って思いの丈を伝えることも出来なかった。
 いつしかその関係にも慣れた。彼の一番近くにいられるおんなのこ。それに満足していた。満足していると思い込もうとしていた。
 だけど、そんな訳はなかった。神楽の心はもっともっと貪欲で、我が儘だった。

「姉上が死んじまったんでサァ」

 ある日、いつものように毒づく訳でもなく、かと言って殴りかかる訳でもなく、ただ彼は静かに自身の隣に腰を下ろすとそう言った。
 ちいさなちいさな声だった。ともすれば聞き逃してしまいそうな……、けれどそれが彼の言葉である以上、神楽がそれを聞き逃す筈もなく、しかしとっさに意味を図りかねて、その横顔を見やった。
 静かな、静かな瞳だった。その瞳を知っている。
 大きなかけがえのないものを亡くした者の瞳だった。
 そして神楽は彼がずっと大切にしていた存在が、姉だと言うことを知った。
 きっとこれはチャンスだ。沖田の心には今まで姉が埋めていた分の隙間が、ぽっかりと空いていて、今なら自分がそこを埋められるのではないか、そう思った。しかしそれを醜さだと、思春期特有の潔癖さで嫌悪した。
 だから少女は、口から出そうになった言葉を押し込めるように、食べかけのアイスキャンディーを口中に突っ込んだ。夕方には肌寒くなる気候とは言え、今はもう春でそれは半ば溶けてしまっていた。

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