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□ブラック・ダイヤモンド
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 また子の金髪の房が、ぴょこぴょこと揺れる。また高杉を追っているのだろう。そう思いながら、彼女の駆ける廊下を横切る。親を求める小鳥のようなその姿は愛らしく、自分の頬が自然と弛むのを感じた。
 万斉は自分が恋愛感情という意味で、また子を意識していることは知っている。けれども「晋助様」と付き従う、それもまた彼女の好ましいところで、嫉妬めいた感情を抱いたことはない。
 何故なら、これを高杉自身に告げたことはないが、また告げたところで一笑に伏されるに決まっているのだけれど、形は違えど万斉も彼を好いているからだ。惚れた女が、自分がこれと決めた男を愛していることは、寧ろ善いことである筈だった。
 それは彼が少女に情を返すことはないと知っての驕りだったけれど、それでもふたりが共にいるのを見るのは好きだ。

「待って下さいッスー!」

 また子の足音がぱたぱたと響く。聞こえているだろうに今日の彼は、それに構ってやる気分ではないらしい。高杉の気紛れに誰よりも振り回されている万斉は、そのことについての意見をしたことはなかった。
 ふたりを見るのは好きだが、彼らが情を交し合えば良いと思っている訳ではないからだ。

「万斉先輩、ちょっと待って下さいッス!」

 だが少女が必死に叫ぶのは、あまいあまい砂糖菓子のような声で呼ぶ、いつものあの名前ではなかった。シャカシャカと耳元で流れる聞き慣れたアイドルの歌声の向こうから聞こえたのは自分の名で、万斉は首を傾げながらも振り返る。
 こちらが立ち止まれば、また子はすぐに追いつき、薄い肩を弾ませながら見上げてきた。その頬は走ったから、という訳ではないだろう色に淡く色付き、僅かな期待が脳裏を横切る。

「あの、万斉先輩……?」

 話辛そうにこちらと自分の手元を交互に見ながら、また子は少しだけ距離を詰めた。彼女自身のものか、ほのかに甘い香りが鼻先を擽って、万斉は気持ちだけ頭を仰け反らせた。

「あの……こないだは、すいませんでしたッス!」

 ばっ、と頭を下げられて、尻尾のような金色の房が目の前を横切る。余りに勢い良く上体を下げたせいだろう、彼女が抱えていたものがバラバラと床に落ちる。

「あぁっ! すいませんッス」

 少女は慌ててかがみ込んで、それらを拾い上げていく。万斉は極力見ないようにして、それらを拾い集めるのを手伝った。
 と、その内の一枚がふと目に着いた。見慣れた装丁だったから、と言うのもあるし、また子が持っているには不似合いだったから、と言うのもあった。
 何故ならそれは……。

「お通殿?」

 そう今や、押しも押されもせぬ国民的アイドルになった、寺門通のCDだったからだ。
 だがまた子は以前、アイドルのCDをコンプリートしている自分をオタクだと言った筈だ。万斉からすれば、プロデューサーのつんぽ♂という表の仕事の都合上、否でも応でも渡される物に対して、オタク扱いされるのは心外だったが、それをまた子に話す訳にはいかない以上、仕方のないことだ。
そう自分を納得させたのも、つい先日のことだと言うのに、これは一体なんなのだろう。

「謝りたかったのは、そのことッス」

 少女の耳は僅かに赤い。彼女の性格から察するに、気恥ずかしいのだろう。その程度のことは流石に判る。彼女を好きになる前も後も、また子のことはよく見てきたつもりだ。

「自分アイドルに偏見持ってたッス。
 あの後、偶然お通ちゃんの曲を聞く機会があったんスよ」

 こちらを見つめてくる彼女の瞳はいつになく真剣で、その言葉が本心であることが判る。

「感動したッス……『お前の兄ちゃん引きこもremix』」

 それは今度のコンサート用に万斉が、アレンジメントを加えた曲だった。世間での評判も上々の原曲に、大胆なまでに手を入れたその曲は、いま行われているコンサートツアーが始まるや否や、ファンの間でも注目の的だった。

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