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□白皙の日
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 銀時は燃え盛る炎を凝っと見ていた。
 何もしなかったのではない。出来なかったのだ。自分が手を出すことなど考えもつかなかった。
 それほどまでに完璧に、完膚なきまでに、そこには絶望が満ちていた。見る間に火炎は益々と勢いを増し、青葉を枯れた色に変えていく。生きているものの気配はなかった。ただの一片の希望でさえ、掬い取ることは出来なかった。
 瞬く間に絶望は銀時の心に根を張り、それを意識する前に涙と絶叫が滴り落ちた。
 そうして銀時はまた、ひとりになった。
 否、なろうとした。今度こそ誰にも何にも頼らず、もぎ取られるだけならば希望は持つまいとした。ただ師に託され、残された剣の腕だけを頼りに、戦場で屍を晒すのも悪くはないと、誰にも告げず村を発とうとした。
 結論から言うと、それはいともあっさりと失敗してしまったのだけれども。

「銀時、お前は……」

 気付けば友の双眸が、今度こそ過たず表情の読み取れる距離にあった。それは思った程には弱っておらずに惑う。

「お前はそうやって、いつもお前だけが辛いという顔をする」

 伸ばされた指が頬に触れる。僅かに湿った冷たい指だった。
 柳眉が顰められ、その下に輝く黒瞳が痛みに潤む。そうさせているのが自分だというのは流石に銀時にも知れて、冷えた指先に熱を与えるように己の手で包んだ。

「そんなヒロイズムはお前に似合わないと、何度言えば判る」

 寄せられた身体から憐れが香って、目を伏せる。今この身体を抱きしめてしまうのは簡単だ。この友人はきっと女よりも容易く、情を分け与えてくれるだろう。けれど、そうはせずに銀時はそれを押し返した。
 自分は何も持たずに生まれてきた。だから何も持たずに死んでいくのだろうと思っていた。
 けれど松陽という師を得て、彼は学を、剣を、そして何より友を持たせてくれた。今その師はいない。
 余り真面目だったとは言えない自分に学は残らず、剣と友だけが手に残った。剣で己の身を立てて、それで生きてさえいればいつかは師の影を追えるかと、故郷とは呼べないままに住み慣れた村を後にした。
 人との繋がりを、愚かにも絶とうとした銀時の手をもう一度掴んでくれたのは、誰でもない目の前にいるこの少年であった。それから暫くの後、高杉が合流し、坂本と出会い、仲間と呼べる人間は捨てた時よりも、ずっと多くなっていた。
 それは時に手に余るものではあったけれども、今更それを手放せる筈も無く、銀時はどれだけ情が恋しくても友をその手に抱こうとしたことはない。

「バカ、そんなんじゃねぇよ」

 では何か、と問われれば返す言葉はなかったけれども、これは英雄思考などではなかった。
 誰かの為に、何かの為に、そんな大義名分があれば良かったのだけれども、銀時の手元にそんな大層なものはない。あるとすれば、ただ己の為だった。
それを判っているから、上手く目を交わせない。

「俺はただ」
「金時ィ、何をやっちゅうがぜよ。飯が冷めてしまうき」

 何を言おうとしたのか、自分でも判然としないままに紡いだ言葉は、第三者の声であっさりと途切れさせられてしまった。

「なんじゃ、ちゃんと用意しとるなら、早う来い。高杉の機嫌が悪うて敵わん」

 いつも溌剌と明るい坂本の声は、室に立ち込めていた空気をあっさりと払拭してしまい、毒気を抜かれたようになっていたふたりは、どちらからともなく顔を見合わせた。

「ヅラ、俺はな。お前らが居たから、今も生きていられていると思ってるんだぜ」

 それが答えにならないことは知っていて、それでも返す言葉がなく、そう言った。そうやって当てがないものをひとつずつ返しながらでないと、前に進めないと知っていた。
 窓の外では雪が降り続いている。けれど、それが外界を白に染め上げようとも、目裏の炎の光景を塗り潰してくれないことは知っている。だから今は呼び掛ける友の声に、賑々しい日が今日も始まることを、銀時は喜ばしく思った。




 なんでこんな暗い話……。なんかもっと明るい話になる予定だったんですが、気付いたらえらく暗い話になってました。
 松陽先生の死に関しては、私なりに色々と考えていることが山ほどあって、うまく纏まりきらなかったのが悔しいです。詰め込みすぎました。
 この松陽先生を亡くした後の、銀さん、桂、高杉の関係については、まだまだもっと書きたいことがあるので、またネタにしてしまうと思います。どうぞまたお付き合い下さい。

100121



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