妖怪と共に

□番外編
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 ゆらは京都を走り廻っていた。
 体力をつけるため、妖怪を退治するため、毎日のように走っていたころがあった。
 ──竜二兄ちゃんになんか負けへん!!
 今日も出来ないとからかわれたことが頭に血を上らせた。
 このままだったら追いつけないと感じたゆらは、単独で修業を開始した。夜にパトロールをする兄の姿を何度か目にしたことがある。
 真似をするのもためらったが、強くなるには必要だと思い、こっそりと抜け出していた。

「暗いわ…」

 月明かりと電柱がたよりだった。
 街の光は、路地裏を照らしてはくれない。華やかなほうは妖怪がいにくい環境だった。
 だからこうやって、わざと人気がない場所へときたのだ。

「怖くわあらへん…!!うちは強くなるんや!」

 強い陰陽師になって人を守れるようになりたい。
 ゆらの純粋な思いだった。

「あれは…」

 ちょっとした森の近くに黒い影が見える。動いている物体は、妖怪の気配がした。
 怪しげな瞳をギラリとゆらに向け、にやりと笑った気がする。
 瞬時に動いた妖怪にポケットに入れておいた禄存を取り出す。

「禄存!!そいつらに攻撃や!」

 この頃のゆらは、まだ幼かった。
 普通の鹿よし巨大な鹿の禄存が角で次々と妖怪を飛ばす。
 ゆら自身も札を取り出して滅しにかかるが、妖怪が複数いることに気づかなかった。

「うぁああぁぁがああぁああ」
「なんちゅう奴や、禄存を飛ばすなんて…武曲…!!」

 犬の妖怪だが、その形は異様なまでに変形してた。
 耳は尖っており、牙や爪は長く鋭い。ぎらぎらと目を見開いたのを見たゆらは、畏縮する。
 隙が出来たゆらに後ろから仲間が来ていたのか、体当たりをくらう。

「っう…!!」

 腕で防いだものの、地面に倒れたゆらに成すすべはない。
 それにまだこの頃のゆらは、二体の式神を操るのが精一杯だった。
 ──こんなところで…負けるなんて…!!
 飛ばされた拍子で動かなくなり、武曲もこのままでは倒れてしまう。
 ゆら自身の意識も薄れ始めていた。

「はぁ、見ていられない」

 ゆらが倒れている後ろから、歩いてくる音がする。

「これだから、おてんば娘をしっかり見ろと言ってるんだ」
「誰や…?」

 足だけが見える。上を見ると赤い衣が目に入った。
 頭に触れられて目を閉じるように促される。
 ──妖怪…じゃない?人間…?

「ここは俺に任せておきな」

 そういわれたことにほっとしたゆらは、静かに目を閉じていた。




 禄存、武曲も居なくなった場所に立ったのは、紅葉をイメージした赤い羽織を着た男。
 妖怪相手に扇を開き、息を吐き出した露彦はそこにいた。

「ゆらは、困ったね…この姿で会いたくなかったんだけど…」

 妖怪たちは地面を蹴っていつでも走り出して来そうだ。

「助けられたならそれで構わないかな」

 きっとゆらは、忘れている記憶。

「ほら、来てみろよ。悪い妖怪さん方」

 わざと挑発をして笑った露彦は、扇を回して炎を出した。
 全てを焼き尽くす業火。それはゆらの記憶をも消してしまったのだろうか。

「妖怪と戦うのはまだ早すぎるよ、陰陽師さん」

 炎の中でゆらを抱きかかえた露彦は苦笑して笑う。
 ──でも、もう二体使えるのか。
 当主としての素質は、すでに整いだしていることに寂しい気持ちもした。
 安倍家と花開院家が手を取り合うことは、あったとしても本当の意味で仲がいいわけではない。

「当主、慣れるといいな…ゆら」

 ──きっと俺たちならいい関係にすることも出来ると思うんだ。

「今回のことは竜二に言っておくか…運ばないといけねぇし…」

 盛大なため息を吐き出した露彦は、竜二に会いたくない気持ちで路地を歩いた。
 月の明かりと電柱の明かりと、蝶たちが舞う青白い光によって照らされた道を進む。
 そんないつかが来ると信じて。


END

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