妖怪と共に
□第七章
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01:夜 明 け の 会 話
外が明るくなり始めた頃、音をたてぬよう、静かに廊下を歩く。目覚めた露彦は、目的のために奴良組、総大将の元へと向かっていた。
意志は固まった。もう、秘密は隠すことはない。真(まこと)の真実を告げる時だろう。
人間姿の露彦は、妖怪にも負けない気迫を持ち合わせていた。鋭い瞳が煌めく。
「ぬらりひょん様、失礼いたします。朝早く申し訳ありません。至急、お話したいことがありまして参りました」
襖の前に座り、中の様子を伺う。相手が気づいていなければ、入ることは許されない。
目を瞑り正座をして神経を研ぎ澄ませる。緊張する心を静めるためだった。
暫くして部屋の中から起き上がる気配がした。襖に目を向けると低い声が聞こえた。
「入れ」
短く言い渡された言葉に襖を開く。
布団から起き上がったままのぬらりひょんに一礼して、襖を閉めた。
遠からず近すぎる位置に座し、真正面を見た。ぬらりひょんは静かに待つ。
何をしに来たのかはわからない。ただ、いつもの明るく振る舞う面差しではなく、真剣に満ちた空気を漂わせていた。
「急な話しになりますが、私の天狐族のことをこの奴良組全体に話しておきたいのです」
「……決めたか」
「はい、やはり知っていたのですね」
近くに置いてあった煙管を持ち、遠くを眺める。
視線を逸らされ、露彦は手元に置いてあった扇を見つめていた。赤く金の装飾をした扇。立場上、緊張する時、真剣に話をするときによく手に持っている。気休め程度だが、これがあると勇気をくれるような、そんな気がする。
「天狐族の名を聞いて知らぬ者は少ないからのぅ」
「母さんには、あまり知られていないと言われました」
「あやつはたいしたことはないと思っているだろう」
「ありえますね…」
母を思い出し、軽く微笑する露彦。
「私の出生、陰陽師や妖怪にいろいろありまして、リクオの補佐官としてはやっていけないと感じました」
話を切り出した露彦に眉をひそめる、ぬらりひょん。
それぞれ真剣な面もちに戻る。
「リクオは気にっておるようだが」
「それでも話す事によって、ここに居られるかもわかりませんからね」
わざとらしく肩をすくませて見せる。それだけ、重要なことだとわかっていた。
意志を固めた露彦には戸惑うことなく、はっきりと告げる。
「総会を開いてくれませんか。ぬらりひょん様」
決意めいた言葉にぬらりひょんは黙りこむ。腕を組み考える素振りをするぬらりひょんにまだまだと続ける。
「補佐官として認めてもらうにもあの場が必要でした」
補佐官を認めてもらうには総会で断言し、三代目に証人してもらわなければならなかった。
今度の場合も正式な話としてするべきだろう、と露彦は考えるのだ。
「……だがのぅ…」
「ここで暮らすことがなくなるのも致し方ありません。私は認めさせるまでですから」
昔にもあったように、全員に認めさせる。妖怪は人間を嫌う。
変わらないことかもしれない。でも、俺はやってきた。天狐族を纏める為にもな。
人間も妖怪も同じなんだ。善悪は、一人一人の意志の違いからなるもの。きっと分かり合える。
「だから、お願いします。俺がっ…おかしくなる前にしなくてはいけない!」
──夢を見た。
とても、とても嫌な夢。はっきりとは覚えていない。ただ気味が悪かった。感覚がいつもと違っていた。
体が騒ぎ立てる。逃げろと。
もっともっと遠くへ逃げろと。
肩を震わせた露彦をぬらりひょんは見逃さなかった。何かがあったことは明白。だが、果たして口に出していいものかがわからなかった。
深く息を吐きだし、頭を深々と下げた露彦に口を開く。
「わかった。昼に皆を集めるとしよう」
驚いた顔をした露彦は、少し飛び上がる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
すぐに姿勢を正した露彦は、また深々と一礼してから部屋を出て行った。
その時、露彦がぎゅっと握りしめた扇を立ち去る時に視界に入った。ぬらりひょんは目を疑った。
赤い扇に金の模様。あれは、かつて天狐が持っていた代物。そしてそれは、
「強大なる妖力を抑えるためのもの…何故、あやつが持つ。天狐の力が弱まったというのか…老いもしないあやつが…?」