妖怪と共に
□番外編
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衣狐と一緒】
まだ、露彦が幼い頃のお話。
「行ってきまーす!」
元気良く、弾んだ声を上げて家を飛び出す露彦がいた。
小さい頃の露彦は妖怪である点を除けば、普通に学校に通っている少年だった。
小学生で暮らすことも慣れて来てはいたものの、陰陽師であることは隠し、暮らしている毎日。正直、妖怪について話す相手がいないのはつまらなかった。
同じ歳ぐらいの者が修業生としていることはめったにいない。陰陽師の道を始める修業生がたまにいるが、近づかないようにと親に言われている子供が多いのだ。それに、修業場所も違って会うことが少ない。
彼らと関わる事もこちらからしなかった。
近づかないようにしている彼らに無理に近づこうとすることもない。
「ふー、ここまで来たのも久しぶりだな」
山を駆けあがるようにして走って来た露彦は、久しぶりに見渡す景色に心躍らせた。
赤く紅葉している季節ではなかったが、それでもこの神社が静かで好きだった。人の出入りもあるけれど、場所を離れて隠れるように山に入れば妖怪屋敷にも辿りつく。天狐族が集まる屋敷。
そこには、様々な妖怪が集まっており、会議や普通に暮らしている連中がいる。最近は修業場として使うこと以外行くことはない。
どうしてこの一番好きな場所に来たのには理由があった。
「お前、居るだろう」
──ほう、わかっていたのかぇ?
脳内に響く声。彼女とはもう何年たったのだろう。
「なんとなく気づいてた。今は空狐も迷っている頃だから、話を聞かせてよ」
──わらわに問うてくるとはのぅ。
空狐が側近として着いてくることは、あの事件以来ずっとのようにいる。
羽衣狐に初めて乗っ取られた時からというもの全く困ったものだ。
この場所にくるために走り回って来たから時間が稼げるはず。
「お前が悪い奴だって皆が言う。だけど、正直よくわからない」
──皆が信じられないのか?それは、その者たちが哀れじゃ。
「信じてはいるよ。でもさ、俺も悪い奴だって言われるんだ。変わらないと思う」
彼女も俺もどちらも悪い妖怪ではないかと、親には言えないことがあった。
陰口を言われ、後ろから指を差されるような生活をしている露彦。死んでもなお、悪い妖怪と言い伝えられている羽衣狐。どちらも変わらない。変わっている点は、生きているか死んでいるか。
「天狐だけで人間も妖怪からも怖がられてる」
──よいか、露彦。人も妖怪も恐れる相手がいるから怯える。勝手に感情がさせてしまうだけじゃ。
「させているのは俺たちだ」
──気にすることではない。わらわたちは堂々としていればいいのだ。
「堂々と?」
──そうじゃ。何も悪いことはしていないと胸を張ればよい。それが正しいと思ってやったことであればなおさらのぅ。
羽衣狐の言うとおりだ。
こっちは何もしていないなら、胸を張っていればいいかもしれない。
「妖怪の大将か…俺には出来そうにない…」
──どうした当然。弱弱しい。
「だって、天狐族の連中はまだ俺を敵対している奴だっているんだ」
──ふふ、まだまだ甘いのぅ。
「なんだよ。あいつらに胸張って俺が大将だって言えるわけないんだ」
弱いことは十分承知している。
方相氏には修業しているときに頭を痛そうにしているのを何度見たか。母さんは笑っているけど、やっぱり俺は弱い。
──弱い者は上に立てはせんぞ。
「いいよ。母さんがきっと大将ずっとやっていそうだ」
──そうはいかん。あやつも歳じゃ。いずれ死ぬ。
「お前がそんなこと言うとは思わなかった」
いたわってやれと言われている気がしてならない。
敵に同情されてる?
──わらわにとって一応悪友のような存在だ。転生する前に死んでもらっては戦うことが出来ん。生かせるためにもお前が大将になった方がいいとおもったのじゃ。
「戦いたいだけかよ…」
羽衣狐の言葉に思わず笑う。
「でも、羽衣狐は悪い妖怪なんだ?」
昔、悪いことをしたと言われている。
けれど、本当に知っているわけでもなく、口や伝承によって語り継がれた物しかない。
信じられるような内容は本人から聞いた方が一番納得がいく。こんなにも近くにいるのだから。
──わらわは、ただ願いを叶えたいだけじゃ。
「願い?それはどんな願い?」
──言えぬ。口には出来ぬよ。
「秘密にしておきたいことってことなんだね」
──そうじゃ。とても大事なことなのでな。
「へぇ…」
彼女が薄く笑ったように思えた。いつもとげとげしさがある彼女は、今日はとても優しかった。
空狐の声が聞こえた気がして、もう終わりかと少し残念に思える。
封印の威力も強いためか羽衣狐と一緒に話す時間もほんのわずかしかない。
「もう終わりか…」
──そのようだ。
「また今度話そう。悪い妖怪かどうか、それから判断する」
──面白い。やってみよ。
「悪い妖怪だった時は、容赦しないよ。俺は、人間護るって決めたんだ!」
──せいぜい楽しみにしておる。
露彦にとって幼いことから話をする彼女は、唯一の理解者だったかもしれなかった。それなのに、遠い未来か近い未来か、敵対する関係になってしまう。
まだ二人ともただの会話相手としか見ていなかったということもあったからだ。
幼き頃、小さい露彦は羽衣狐に好意を持って接していた。
羽衣狐は、息子のように思えて楽しかった。
──羽衣狐、どうして俺達は同じような妖怪なのに対立しているんだろう。
それは、いつか露彦が想う心。
ずっと先のお話。