スミレソウの咲くころに

□ハレと不安と文化祭
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 夏が過ぎ、暑さも徐々に落ち着いて気がつけばうっすらと木々が赤く染まりだした頃、東深見高校のある一室は熱気に包まれていた。
「さて、今日は前から言ってた通り文化祭の出し物の意見出しね。っていってもそのまま決定までするつもりだけど」
 今日は放課後を使い出し物を決めようと、数日前に決定し実行委員の柏野(かやの)が指揮を執りてきぱきと話が進んでいく。
「議事進行は私が進めてくから、そっちで板書をお願いしていいかな?」
「任された。俺は司会進行とか向いてないしな」
 もう一人の実行委員である長谷(はせ)がチョークを持ち黒板に【文化祭 出し物】と見やすい字で書き込む。小気味いい音にクラス内の視線は黒板の方に自然と向かう。
「サンキュ、それじゃあ……意見ある人は手をあげてね。はい、村田くん早かった」
 と柏野がいうと少しだけだが手があがり、その中の一人を指名した。
「縁日とかどうかな?」
『あ、ヨーヨー釣りとか楽しそうだよねー』
『縁日……なら射的に輪投げも出来そうだな!』
『型抜き』
『スーパーボールすくいは外せないぞ!』
『ソース煎餅も美味しいよね』
 村田の意見に各々の感想を言い合うクラスメイト達。それを落ち着かせながら柏野は案を出した人に質問を投げ掛ける。
「はいはい、みんな静かに。まず1つは【縁日】ね……どんな屋台を出したいとか名前とかは考えあるのかしら?」
「えっと……屋台自体は少なめにして小休憩も出きるくらいの遊び場みたいなイメージしかなくて、名前までは思い付かなかったよ」
 そこまで聞いて板書役の長谷が音を立てながらチョークを黒板に走らせる。
【縁日 小休憩】
 ……いやその名前はいいのか?
「そっか、了解。意見ありがとね。そしたら、次ー。何かない……はい、桜井さん」
 板書の方に気をとられていると、別のクラスメイトの意見があげられていた。
「クレープの屋台出してみたいなって」
『良さそう!インスタ映えする盛り付けとかしたりさ!』
『デザート系だけじゃなくて、ご飯系のメニューを入れちゃう?チキン入りとかソース味とか』
『生地を薄く焼くのは任せておけ!』
『そもそもあの円形の焼き台とか簡単に手にはいるのか?』
 否定的な意見は少なく、このアイディアもなかなか好印象の様子。
「【クレープの屋台】っと……教室の半分を厨房にしてテイクアウトしてもらう感じかしら?」
「うん、そのつもりだけど……」
「ゴミ捨てのマナー違反だけが怖いけど上手いことイートイン可能な配置できないか考えてみなきゃ……。あ、お店の名前とか決まってる?」
「え、えっと……クレープって薄焼きのパンケーキの総称なの。だから、【うすやき】って名前にしたいかな」
 思ったよりどうしたいのかを考えてきていたようで、やってみたいことがはっきりした意見だった。
 出店時の名前まで考えていたらしく、板書にも【クレープ屋 うすやき】と前の意見と同じように書かれていく。
「ありがと、それじゃ他には……」
 この二つ以外でパッと浮かぶのはおばけ屋敷かクレープ以外の料理の専門店、デザート系かメインディッシュか……さて、どうしたものかと手をあげるのを躊躇っていると、
「他になさそうならこの二つから決めちゃうけど」
 と、柏野が意見出しを切り上げ、話し合いを進めようとしていた。……だがそれを待っていたかのように一人、真っ直ぐに手をあげる人物がいた。
 柏野は小さくため息をつき、渋々ながらその相手を指差す。
「……仕方ない。あんまり聞きたくないけど、言ってみて、林田」
「おうよ!ベタだけど、ここはやっぱりメイド喫茶をーー」
「却下。はい、他に意見ある人ー」
「まてまてまて、とりあえず最後まで聞いてくれって」
「それって結局はあんたがそういう衣装着てる女子を見たいってだけでしょ?」
「それは、否定できんが……折角の文化祭なんだし、格好くらい羽目をはずしてもいいだろ!?」
 せめて表向きだけでも否定しておけよ……とやや呆れ気味に話を聞いていると、ちらほらとクラス中から林田に賛成するような意見が飛んでくる。
『確かに、文化祭なんだしちょっとくらい特別な格好したっていいよな』
『でも、不公平じゃない?うちらがメイド服着ても男子は普段通りの格好なんでしょ』
『じゃあ男子は執事服かウェイター……ってほぼ冬服で問題ないじゃん!ずるいー!』
「ちょっと、みんな静かにしてー!まあ、百歩譲って衣装の理由は良しとして、喫茶店をやるならば何を出すのかは決めてるのかしら?」
「メイン、デザート、ドリンク。ここまでは決まってる。ただ、厨房がどれだけの広さで使えるかで何を提供するかは変わってくるな。仮に二部屋ならその三種……例えばカレーとクレープ、ドリンクは……まあ冷やす場所さえ確保すれば何種類か用意できるからノーカンとして、メイン用のガス台、デザート用のガス台って分けれると思ってるんだけどその辺りどうなんだ?」
「一部屋まるごとホールにして隣の部屋を厨房兼バックヤード……出来なくはないと思うわよ。でもね、売り上げ的に考えてもメインかデザートのどっちかとドリンクの方が現実的ね」
 意外と考え込まれていた林田の意見に驚きを隠せなかった。それは他のクラスメイトも同様でざわついていた室内が驚きのあまり静かになっていた。
「そもそも、予算的にも一つが限界なのよ。……近い食材を使うならギリギリ二品。米なら米、麺なら麺、デザートならデザートってしないと振り分けられた予算越えちゃうもの」
「なるほどな……だが、俺が冷やかしじゃなくて本気で考えていることはわかってくれたかな」
「まあね。衣装の件は置いとくにしても喫茶店については真面目で驚いちゃった」
「あー、その……横から悪いんだけど、さっき柏野が言った売り上げって気にするところなのか?」
 売り上げがモチベーションに繋がる……つまり生徒に払い戻されたりするならそこは問題ないのだけど。流石に学校側から生徒へ現金を渡すのはいかがなものか……。
「正直いうと売り上げは気にしなくてもいいんだけどね、なんか目標あった方が燃えるでしょ?」
「……まあ、わからなくはないが」
「みんなにも話しておくけど、一応クラスでの打ち上げは計画中よ。ただ、未成年だし借りれる会場も時間がほんの少しだけだから……売り上げが目標越えたら、教室を貸してもらえるように岡本先生には相談してるんだけどね。その辺りは決まり次第ってことで」
 打ち上げと聞いてクラスが一段と活気づくのがわかる。
『縁日で売り上げ……景品を豪華にする?』
『いや、それじゃあ初期投資がでかすぎる。目標額にはとどくかもしれないけど予算越えて各自持参とか起こりうるぞ』
『手堅くクレープ一本に絞ろうよ!』
『クレープ一本でも材料のフルーツとかアイスで高くつかない?保存も効かないし……』
『それにデザート系は競合も多いだろうし、お昼ガッツリ食べたあとのお客さん以外を狙うとなるとそこまで売り上げ延びないんじゃないかな?』
『そうすると……やっぱり衣装?』
「はいはい、それじゃこの三つで集計しちゃうから、それぞれやりたいのに手をあげて。まず縁日。次クレープ。最後に喫茶店!」
 思い思いにどうすれば目標に届くか……といっても目標金額は提示されてないのだが。その話が大きくなる前に柏野が手早く決を取り、長谷が獲得票数を正の字で記入していく。
 そしてその結果……。
「えーと、多数決の結果……ほんっとうに不本意だけど林田の喫茶店に決定しました」
「ありがとな、みんな!」
「ただ、いかがわしい服装はさせられないのでまた来週にでも衣装案は決めましょ……それぞれ一つは、って言っても出しにくいよね」
「いかがわしいとは失礼な!」
「そもそも、男子が制服で大丈夫だからでしょ!?女子だけそういう格好させられるのは不公平よ!」
 そりゃごもっとも……。柏野の意見に賛同する女子も多い。これは衣装案決まるのにまた一悶着ありそうだと思ったのだが……。
「そんなに不安ならペア作ってお互いに着てほしいとか着てみたい服でアイディアを一つ二つ考えて来週までに提出とかにすればいいんじゃない?」
 と聞き覚えのある声でそんな意見が聞こえてきた。
 声がした方を向くと宇佐見が頬杖をつき少しめんどくさそうな顔で外を見つめていた。
「ペア作って……なるほど、うん。それいいかも」
「へ?」
「皆、いま宇佐見さんが言った通り、男女ペア作ってそれで衣装案を出してきましょ!」
「いや、私は別に男女ペアなんて……」
 宇佐見の言葉には耳を貸さず、柏野は進めていく。
「期限は一週間で、最低一つは案を出す事、ペア決めは……折角だし今この場で申請しちゃって!というわけで千歳!採寸するからこのまま家庭科室に行くわよ!」
「おまっ……いきなりすぎやしないか!?」
「まあ、ペア組んだ人から解散ってことで!来週にはしっかりアイディア出してよねー!それじゃ解散!」
 柏野が突然千歳を指名したことにより色めき立つ室内。
 それを皮切りに何組かのペアが作られ、各々帰り支度を始める。

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