スミレソウの咲くころに

□宇佐見菫子と初めての後輩
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 四月、進級し新しいクラスの面々ともなんとなく打ち解け出したある日の事。
 入学式から少し経ち、廊下では真新しい制服を着た後輩達が新しい学校生活に目を輝かせ、どの部活に入るかを話している姿を時折見かけるようになった。その一方で在校生は新規部員をいかに獲得するか、明日のオリエンテーションでどんなパフォーマンスをするかとそれぞれの部活動で相談している中、形式上帰宅部の俺はいつものように部室棟の三階にある空き教室の前まで行き、周囲に誰もいない事を確認してから扉を開け中に入る。
 空き教室だから本来なら使われない備品等が雑多に積まれているのだが、今は邪魔にならない程度に片付けられ、今では快適とは言えないがそれなりの広さの教室だ。
 さらに少し不気味なオカルトグッズが配置され、何処から持ってきたのか玉座のような仰々しい椅子に現在のこの部屋の主が足を組んで座っていた。
「悪い、遅くなった」
 この空き部屋を(学校に無断で)占領しているのは『秘封倶楽部』。会長である宇佐見菫子がこの世界の秘密を暴くため創設した自分のためだけの部活なのだが……去年の梅雨前くらいにひょんな事から部員になり今に至る。
「別に普段と同じくらいじゃない?それじゃ早速今後の活動方針を――って言いたかったんだけど……」
 軽い謝罪を普段通りのトーンで流し、いつものように活動を始めるのかと思ったのだが、少し残念そうにして宇佐見は溜め息をつく。
「どうしたんだよ。なんか問題あったのか?」
「聞いてくれる?明日の新入生のオリエンテーションでの司会進行をやってくれって急に頼まれてちゃってさー。帰りに教室でる直前によ?『部活動してないなら出来るでしょ?』って。そう言われちゃうと断るに断れなくてね。
 正直、生徒会がやってくれって話なんだけど!……とまぁ、そんな訳だから一応原稿書いておきたいんだよね」
 尋ねると不満を訴えつつも頼まれた雑務をこなそうという姿勢のようだ。
「そう言うことなら気にしなくていいって。となると今日はこのまま解散か?」
「そうしようかなぁって思ったんだけど……多分帰ったら書かないで終わりそうなのよね。
 ウッチーさえよければなんだけど、少し喋り相手として残っててくれない?」
「構わないけどさ……俺そんなに話題持ってないぞ?」
「相槌だけでもいいから!というか変に興味湧く話されても原稿進まないってば」
 言われてみると確かにそうだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 普通の椅子に座り直し、原稿用紙にあーでもないこーでもないと唸りながらも宇佐見はペンを走らせている。
「当たり障りなくするとちょっと書くの面倒よねぇ」
「つか、司会進行なら生徒会担当の先生から原稿貰えるもんじゃないのか」
「流石に突然すぎるから基本的な物は貰えるみたいなんだけど、何か最後に新入生に向けてのメッセージは書いて来るように言われてね。なんでも、学年首席からの言葉なら説得力あるでしょうって」
 手を休めた宇佐見の対面に座りながら聞いてみると、彼女はそんなことを口にした。
「……そういえば、宇佐見って成績優秀なんだよな。いつも寝てるのに」
 睡眠学習というやつだろうか?
「そんなしょっちゅう寝てないわよー」
「いつだか午後の授業全部突っ伏して寝ていた癖になにを言ってるのやら……」
 それなのに全教科学年一位というのは本当に解せない。……最近では『いつも寝ているのに成績優秀な生徒がいる』という噂がちらほら……。そのうち七不思議入りするんじゃなかろうか?
「そ、そんなことより!新入生っぽい子が困ってたからつい助けちゃったのよねー」
 この話題から逃げるように新しい話題を宇佐見の方から提供してきた。
「……って何よその顔」
「いや、まさか宇佐見の口から助けたなんて言葉がでるとは思わなくてさ。結構驚いてる」
「失礼ね、そりゃ私だってたまには人助けしますー!……たまたま今朝の電車が満員でね、その子が自分の鞄を残したまま押し出されて行ったから、それを届けてあげたってだけよ。特に落ちも何もない話」
 それだけ口にするとまた宇佐見は原稿に向き直る。
「人助けを落ちも何もない話。って言う括りにするなよな……」
「んー……じゃあさ、ウッチーはなんかないの?別に人助けの話じゃなくてもいいんだけど」
 原稿を進める手を止め、彼女はこちらに話を振ってきた。
「相槌だけで良いんじゃなかったか?っていうかそんな雑な話の振り方されてもーー」
 一つあった。ただ、本当に個人的……というか家庭内の話だしどうしようかと少し黙ってしまう。
「おっ、その感じは何かあるんでしょ?」
「いや、まあ……あるにはあるんだけど」
「なになに、どんな話?」
 待ってました、といわんばかりに宇佐見はその話に食いついてきた。
「その、家族の話だからさ。宇佐見からしたらたいして面白くもなんともないかなって」
「そんなの聞いてみないとわからないでしょ?とりあえず話してみてよ」
「じゃあ、凄い簡単に話すけど……妹が志望校受かったって話」
「え?よかったじゃん!やっぱりあの辺りだと家の近くの高校?」
「だったら気楽だったんだけどなぁ……」
「どゆこと?」
「ここ、受かったんだって」
「ここ……ホントに!?へー、兄妹で同じ高校なんて漫画みたいね」
 言われてみると確かに漫画みたいなのだが、それこそ秘封倶楽部の活動の時に非日常な体験をしているせいかあまり実感がなかった。
「……事実は小説より奇なり、なんて言うもんなぁ」
「ん、何か言った?」
「別に。それよりも、筆が止まってるぞ」
「あ、やっば……そっち興味湧く話するからー!」
「こっちのせいかよ!?乗ってきたのは宇佐見の方だろ?」
 そのあとも焦ったように原稿に取り組む彼女の相手をしながら適当な時間でお開きとなった。


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