書架の魔女の現代入り 〜urban legend Witch
□五話『思いの行方』
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家に着いてすぐ魔法使いは、準備するから待っていなさいと告げ、自室に戻っていった。
一人取り残され、思い出すのは先程の自分の行動。
……丸く収まったとは言い難いが、やっぱりもう少しスマートに伝える術はなかったのかと少しだけ後悔する。
結果的に良い方向へと転がったから良いものの、あれで拒絶されていたらどうなっていたか……。
何故か後ろ向きな方へと思考が進んでいく。
これは不味いと一度深呼吸して、両頬を手の平で叩き気合いを入れる。
「っ……よし」
自己嫌悪に陥るのは後でもできる。
だから今は―――――――――
部屋の明かりをつけ、室内に残っていた昼間の空気を逃がすために窓を開ける。
歩きながらも思っていたが、今日は普段よりも少しだけ涼しい風が吹いていた。
これなら少しだけ空気を入れ替えておけば問題なく過ごせるだろう。
程なくして彼女はリビングに戻ってきた。
意を決した面持ちで。
「……着いてきて」
「あ、あぁ。わかった」
そう言われ着いていった先は、彼女に似た人物と会った物置だった。
「……どうしてここに?」
「ここで私に似た人に会ったんでしょ?それなら何かしらの縁があると思ってね。二重結界を越える……なんて考えたことなかったから、契約の際に使えそうなものはなんでも使ってかなきゃ」
「成る程……って、契約……?」
不穏な単語を聞き少しだけ体が強張る。
「そっ、契約。……といっても貴方をある種の使い魔として契約を結ぶだけだし。魂を寄越せとかそう言うのじゃないから安心して」
そう言われ強張った体から緊張が抜ける。
そして、すこし深く息を吐き、改めて目の前にいる魔法使いに向き直る。
「それで、どうすればいい?」
「……少し屈んでもらえるかしら」
「こうか?」
「ありがとう。それじゃ少しの間じっとしてて……」
口で自分の右の人差し指の先に傷をつけ、流れ始めた血でこちらの額に何かを描きだす。
「他人の血でちょっと不快でしょうけど、辛抱してね……」
描き終わるまでのたった数秒。そのわずかな時間に見れた真剣な眼差しの彼女を見て、やっぱり好きなんだと、自分が抱いた思いは間違ってなかったんだと確信した。
「よし……。これで後は……。少しの間、目を閉じてもらえるかしら?」
頷き瞼を閉じる。多分見せてはいけない類いの儀式なんだろう。
「なにがあっても目は開けないようにね」
その忠告に再び首を縦に降る。
少しの静寂の後、額に何かが触れたような感覚が残る。
そして続いて唇にも何かが触れる感覚……恐らくは額に触れたものと同じものだろう。
「目はそのままで口を開けてもらえる?」
言われるがまま口を開ける。すると舌の上に何かが乗り、続いて独特な鉄の匂いを感じた。
「気持ち悪いかも知れないけど、我慢して。……大丈夫そうならそのまま飲み込みなさい」
自分の血なら口内を切ったときや、ちょっとした傷口から滲んだ血を止血代わりに吸ったときに極稀に飲み込んだ事はあるが、他人のとわかった上で飲み込むのは中々にキツイものがあった。
「うぁ……」
「お疲れ様、もう目を開けていいわよ」
「……やっぱり、血を取り入れるってのは魔術的には重要なのか?」
平静を装い気になったことを聞いてみる。
「辛いなら座ってもいいのよ?そうね、その役割もあるけど、今回のは保険……いやおまじないみたいものかしらね」
「おまじない……?」
その場に腰を落としつつ話を続ける。
魔法使いも隣に腰を下ろし、質問に答えてくれた。
「小悪魔……魔力を持つ子とは契約した事はあるけど、ただの人間なんて初めてどころか異例中の異例だからね。私の血を少量でも摂取すれば、擬似的には魔力を持った存在として召喚術の方も誤認するかもしれないでしょ?……それでも成功するかどうかは五分五分なんだけどね」
「それでもやれることはやったんだろ?……ありがとな、パチュリー」
「どういたしまして。……あっ、後ひとつだけしなくちゃならないことがあるのだけど……」
「まだ途中だったのか……。よし、次はどうすればいい?」
「座ったままで平気よ。……仕上げ、みたいなものだから」
「そうなのか?それじゃ何をーーー」
言葉を遮るようにパチュリーはこちらの唇を奪っていった。
「ここまでして結局出来ませんでした。ってなると、もう私の気持ちを伝える事が出来ないから……ね。さっきの優希の告白の返事はこれでいいかしら?」
勇気を出しての行動だったのだろう。目の前の少女は耳まで赤くなっている。
「……ありがとう、この上ない返事だよ」
「よかった……。あれ、ごめんなさい。安心したら涙が……」
安堵感から涙を流すパチュリーをそっと抱き寄せる。
「……ありがとう。優希、好きよ」
俺だって……と口を開こうとしたときだった。
彼女の輪郭が揺らぎ出し、一瞬別の何かが見えたと思うと、腕の中に彼女の姿はなく何かの残骸に変わっていた。
さっきまで触れていた温もりだけを残して。
始まりが唐突なら、終わりもまた唐突に……。
こうして一夏の不思議な物語は終わりを迎えた。
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