アイシー小話その3

□あなたもどこかでだれかの悪魔
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 店を出て五歩。薔薇のアーチよりも手前でご馳走様でした、と礼を言われたので、おう、とだけ返しておく。店員は最初から最後までプロフェッショナルであり、他の客とヒル魔たちを鉢合わせさせるようなこともなかった。値段だけのことはあるな、と満腹で少し重たい身体を前に進める。遅れて隣に並んだ存在も、少し、重たそうにしている。

「似合うな」
「服?」
「いや、花が」

 唐突な問いにきょとんとした顔が、十七歳らしかった。しかし、すぐに含み笑いして、年齢不詳に戻ってしまう。

「あんたに言われると、おかしいっちゅう話だよ」
「行きつけの花屋がある野郎に言われてもな」
「それはそれ、これはこれ。……まぁ、今年は自重してる。せいぜい、腕いっぱいの花束だよ?」
「そら花屋も予定が狂ったろうな」
「それ言っちゃう?」

 くだらないこと――くだらないか? ということをしゃべりながら、薔薇のアーチを抜け、敷地内の石畳を下っていく。

「そういえば、この近くの市民ホールで高校美術の展示会やってるんだってさ」
「あ? そんな張り紙あったか?」
「ああ、あんた電車使ってないか。駅の掲示板にポスター貼ってあってさ……結構な力作っぽいのがどーんと配置されてた」

 現地の駅前集合。店まではタクシーを使ったための齟齬であるし、帰りは腹ごなしに少し歩こう、と決めてあったからの今現在であった。
 ヒル魔はわかりやすく、そんなもんに興味があるのか? という顔をしていた。マルコも、それね、という顔をして、気になった理由を簡単に説明した。

「ポスターに載ってた絵、なんだかあんたに似てたんだよねぇ」

 それで気になったっちゅう話だよ。

「俺似だぁ? どんな絵だ、糞睫毛」
「んーと、逆光。黄昏時の教室に、座ってる絵」

 ヒル魔もさすがに、中学時代も含めた高校の連中で美術を専攻している奴、それも自分をモデルにする度胸のある、というカテゴリのにピンと来ず、他人の空似だろうと決めつけかかったが、ふと。自分の髪型とスタイルに、シルエットが似ている人物に思い当たってしまった。

「……糞モミアゲかもしれねぇな」
「え。誰だっけ」
「盤戸のキッカー」
「あー、ああ、あの。……コータローさんね」

 あのうるさいひと、と言いたいことだけはハッキリと伝わったので、ヒル魔はケケケと笑っておいた。

「……ね、確かめに、い・か・な・い? っちゅう話になるんだけど?」
「そんなに気になるのかよ」
「……ほんとにあんただったらなんかヤだし?」
「ハッ! 独占欲か」
「そーだよ、悪い?」
「……悪かねぇよ」
「やった。それじゃまあ、のんびり行きましょうか? ハニー?」
「一張羅に穴開けられたいらしいな? ダーリン?」

 ヒル魔が魔法のように取り出した銃器に、おおこわいと、アルマーニのスーツが二歩、三歩先を行き、背広の裾を麗しく躍らせたのだった。
 
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