アイシー小話その3
□あなたもどこかでだれかの悪魔
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市民ホールまではせっかちな男ふたりで徒歩約ニ十分。ホール前のバス停の時刻表を確認して、一時間はここにいるかと――軽く効いた冷房にヒル魔は予定を決めた。
「一時間な」
「りょーかい。あ、名前記入とアンケートあるっぽい」
「めんどいなオイ」
「俺、如月の名前借りよっ、と」
展示室前に置かれた長机にさっさと近づいたマルコは、受付係が目を白黒させているあいだに記入を済ませ、アンケート用紙と鉛筆をさらっていった。
ヒル魔はそのあとに続き、他人の名前を適当に借りると、やはり目を白黒させている受付係……花の女子高生にどういうふたりだと思われているか少し考えて、すぐにやめ、手ぶらで展示室へと入っていった。
「あ、ちゃんとタイトル入ってるんだ」
「そらそうだろ」
一応、端から見て回るらしいマルコをよそに、ヒル魔はさくさくと先に進むことにしたが、これが、なかなか巧いものが多く、泥門の授業とは別物だなと感心してしまう。
自分の腕前については棚の奥にしまい込み、静物画を通り過ぎると、風景の出番である。人物モチーフは最後か、とどこかで見たことのあるようなタッチを眺めていると、後ろで驚きの、気配がして、とっさに振り返れば――……、
「……ヒル魔?」
「……糞ジジイ」
頭にタオルを巻いていない、ニッカポッカも履いていない、清潔感あるカジュアルな服装の昔馴染みの登場である。顔を見てからの予感は、その姿で確信となった。
「なんだ……こんなところで、か? 珍しい」
武蔵厳、ムサシはそう濁しながら、ヒル魔ではなく入り口のほうを見ていた。ひともまばらな中、目立つアルマーニの伊達男。石膏像よりも美形の横顔はとにかく光るようで、眩しかった。あれが俺の男か、とヒル魔は少し目を細めて、それから、テメーらもだろ、ともうひとりを断定してムサシと向き合った。
「ああ、なんでも、自分がモデルになった絵が展示されてるとかで」
「なーるほど?」
じゃあやはり、いるわけだ、ご本人が。
佐々木コータロー。絵のモデルは、やはりヒル魔ではなかったのだ。あのキャンキャン吠える子犬様が合流か、とげんなりしたヒル魔だったが、見渡す限りでは姿が見えない。おそらくはそこの角を曲がった……人物画のコーナーにいるのだろう。あれがおとなしく絵画鑑賞か、と短い付き合いの中に余分な年月すら感じる。
「これが、意外とおとなしく見るんだ」
「やっとTPOを覚えたってか?」
「それは……どうだろうか」
少し唸って見せる相手に、質問が悪かったなとひとり胸の内、素直にかえりみるヒル魔であった。
「あれ、どーも、コンニチワ。……あんたひとり?」
そうして、追いついてきたマルコがムサシに挨拶をして、その恰好にやはり相方の存在を探そうとする。
「向こうにいる……すごい服だな」
ノリの軽さに苦笑してから、ムサシはまじまじとマルコの、私服を見て再び苦笑した。
「ふふ、一張羅っちゅう話だよ」
にっこり、これは余所行きの顔で笑って、くるりとその場でまわってみせる。揺れる大ぶりのピアス。まるで舞台役者のような仕草に、ヒル魔も思わず、笑って、すぐにスンとなったが時すでに遅し。マルコだけでなくムサシにも微笑ましく見守られ――素早く銃器を抜きかけるのを、なんとか抑えたのだった。