アイシー小話その2

□pet
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膝の上に乗せるとちょうどいいくらい。それくらいの動物は魅力的だ。
ちょこん、なんて効果音があれば上出来、だいたいの人間は可愛がりたくなるはずである。

…膝の上に乗せるとちょうどいいくらい。

「ちょうどいいっちゃ、ちょうどいいっちゅうサイズな話なんだけど…重いんだよね」
マルコは自分の膝を占領し、視界からテレビを隠す五つ年下の『ペット』に文句を言った。真っ直ぐな目に至近距離から見つめられると正直居心地が悪い。
『飼い主』の注文に、ペットこと進清十郎は腰を浮かせてマルコへの重みをなくしはした。
…さっきよりも近づいて。テレビ番組のどうでもいい世間話だけがリビングに響く。

「何がしたいのさ」
マルコが進の頬をつつけば、
「あなたを見ている」
それだけだ、となんとも簡潔な返事。

「……うわぁ。この距離で見てるだけとか、お兄さんは進くんの将来をマジで心配するっちゅう話だよ」
体はすくすく育っているが中身がどうもねじれてきている。この子大丈夫かな自然に帰れるかなぁとマルコは本当に心配になってきていた。
ペットといってもちょっと珍獣を近くで見たかっただけ。存外撫で心地が良かったものだから持ち帰ってしまって…しばらくしたら首輪を外してやろうと思っていたのに。

「未来でもあなたを見ていたい」

あーあ、かわいそう。カワイイ。こんな悪い男に密猟されちゃって。マルコは王城の夏服越しに進の腹を撫でてやる。
エサを食ってもいいの合図に、進は目の前の首筋へとかぶりついた。鎖骨…喉仏から顎まで丁寧に舐めあげ、輪郭を沿って大ぶりのピアスがぶら下がっている耳たぶを経由し、額、瞼、鼻先、そしてーー

「唇」

触れるだけのキス。進の一番好きなキスを一番好きなところにしていい『命令』。
気持ちのよい感触にうっとりと瞼を痙攣させる進がかわいそうで、マルコはソファーのクッションに身を預けるといつもなら自分で外すボタンをこの日は全て進の口に託した。



「進くんはさぁ…期末テストとか大丈夫なの?」

マルコから教わった「シテもイイところまで」を全て忠実に終え、相手の腹にこぼした精液を拭っていた進はかすれ気味の声に幼い顔を上げた。
汗で額に張り付いた進の短い前髪を指で梳きながら、悪い年上の美人はテスト、ともう一度囁く。

「勉強なら毎日予習復習しています。平均で八十点は確実にとれるかと」

生真面目な進にマルコはため息を吐いた。自分が十三歳の頃はもうちょっと浮ついていたような気がする。今思えばあの頃が一番楽しかったのかもしれない。
進の幼い、ばら色をした頬のような時代が自分にもあったのだ。ため息に吸い寄せられるように進が身を乗り出すのを、マルコは手の甲で制した。

「わーたのもしい。…ほんとならこんなことしてる暇ないんじゃないかって心配してたっちゅう話なんだけど。杞憂かぁー。進くんつまんなぁーい」

その浮ついていた時期に出会った猛獣とはまぁまぁの関係を築けたが、進とはどうも猛獣…峨王相手のようにはいかないらしい。まず峨王とはセックスしていない。比べるのが間違っていた。

「…つまらない、ですか?」

他の男と比べられているとは露ほども知らない進が、小首を傾げる。

「うん。俺に誑かされて、成績落ちて、俺のこと、怨んでくれないかなーって、ちょっとは期待してたから」

「俺は常にあなたにふさわしくありたい」

キリっとした答えに、マルコは思わず噴出した。生真面目真面目大真面目!というフレーズが天国地獄大地獄!の音頭をとってマルコの脳を右から左へと突き抜ける。峨王がこの場にいたなら、多分飽きれてマルコを置き去りにしたことだろう。

「うん、可愛い…進くん可愛いったらありゃしないよ君!じゃあさ、お兄さんと勝負しようよー」
「しょうぶ?」
「中学と高校じゃちょっと違うけど、五教科百点満点でどっちが賢いか勝負。俺が勝てば進くんに命令。進くんが勝ったら、お願いきいてあげるっちゅう賭」

マルコの提案に、進は珍しく苦いものを口にしたような顔をした。

「…お願いと命令には差があります」
「そ、無理なお願いはきいてあげなーい。可愛いお願いならきいたげるっちゅう、ずるーい大人の勝負です」

手を広げて笑うマルコに、進は徐々に身を小さくした。何かを言い出そうとして、やめる。とっくにテレビの電源は消されていて、リビングとマルコは進の沈黙が解けるのを待った。
やがて小さな唇から漏れたのは、なんてことないお願いだった。

「眼鏡をかけたあなたが見たい…」

潤んだ黒い瞳に対し、マルコがソファーに思わずヘッドバッドしたのは言うまでもない。

「…進くんそういうの好きなの?ほんとカワイイ…っていうかあるよ眼鏡。そうだ!今から家庭教師ごっこしようか!ね、したげる。教えたげるから、しようよ、家庭教師ごっこ。して下さいって、おねだりして?上手にできたら眼鏡も舐めるなりなんなりしていいからさ、ね?」
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