アイシー小話その3

□あなたもどこかでだれかの悪魔
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 ヒル魔妖一は恋人の誕生日を素直に祝うような男ではない。そう。素直にだ。だからこそ、五月の中旬、平日、東京郊外にて……一日三組限定、創作イタリアンの個室などにおさまるハメになったりも、する。
 この店を予約したひとつ年下の、ヒル魔と同じく学校を堂々とサボったやから――恋人は前菜からメインをゆっくりと食し、本日のシメ、小さな、宝石のようなドルチェにうっとりと瞳を閉じていた。ヒル魔はひとくち、礼儀として口をつけただけ。これでも頑張ったほうである。俺は頑張った。ヒル魔に似合わないモノローグであるが、事実であった。パチリ。音のしそうなまばたき。鉱物のような青い瞳が、食べないの? とわかりきったことをきいてくる。

「……おめーが食え」
「あと三口が無理?」

 そのまま、にこぉ〜っとするから、恋人は性質が悪い。

「しょうがないなぁ」
「…………ドウモ」

 横長の、一点ものの皿が交換されて、ヒル魔の食べかけは恋人の胃に無事納まった。もう一度皿を交換するのも忘れずに、コーラとコーヒーでしばらく、無言の時を楽しむ……のがいいらしい。別に、ヒル魔も無言がキライなわけではなかった。ただ、いつもの、かしましいくらいの絶好調が響かないのも、不思議だなと思うくらいで。それぐらいに、ふたりの仲は馴染んでいるといってもよかった。身体だけでなく精神が、侵食するされるではなく、じわりと溶けだすように一部が混じり、馴染んでいる。恋人。馴染みの、オトコ。円子令司。
 マルコは今日、あの制服には見えない制服姿ではなかった。私服、アルマーニのスーツ姿で、とても高校二年生には見えない。この店に女連れで来たとしても違和感などないだろう。カードの支払いだって女が化粧室に立っているあいだに済ませそうな出で立ちだが、本日、マルコの連れは全身黒づくめのヒル魔であり、カードで支払うのだってヒル魔の役割なのだった。
 ……やはり俺は頑張っている。どこかの糞マネがきけば体温計を差し出してきそうなことを、再び空中に貼り付けながら、ヒル魔はブラックのコーヒーをひと口。中の甘さを上書きしていく液体は、とても美味かった。
 
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