アイシー小話その1
□誰がためのキスか
1ページ/3ページ
毎日同じことのくり返しって飽きない?
進はそう言われるのには慣れていた。今までにも進清十郎の生活パターンをつまらないと指摘していく人間は少なくなかった。ただ、今までと違っていたのは尋ねられた状況である。
「…どいてくれないか」
進はマウントポジションから自分を見下ろす相手の意図がわからず困惑した。
合宿で同室のメンバーの内にいない男は誰だったか。進は違う肌の色や秀でた額、造られたような目元をたよりに自分の記憶を漁った。朴念仁の自分ですら判断できる美醜の、美に値する容姿を記憶と合致させるために進は服に隠れた相手の腕を静かに探る。
そこでやっと記憶の糸が繋がった。
「…白秋の円子令司か」
「…あんた、ほんとに筋肉で判断してるんだ」
あきれた、と美貌が物騒な笑い方をする。
「全部ではない。それで、いったい何のようだ」
「飽きない?って聞いたっちゅう話だよ。どう?飽きないわけ?」
「鍛錬は飽きる飽きないの問題ではない。…まだ休息の時間だ。他に要件がないならーー」
出ていってくれと、指示しようとした進だがその先は言えなかった。
…口を塞がれたのだ。
押し付けられた温もりに呆然としつつ、薄い皮膚を舐めてから離れていく舌の持ち主に進はなぜと聞かずにはいられなかった。
「……何のつもり、だ」
「キスにいちいち理由はないよ。したいかしたくないかの問題かな。今したかっただけっちゅう話、うん、要件終わり!」
ゆっくり休んでよ。
ふと体が軽くなった。進はたまらずベッドから降りようとする円子の肩を跳ね起きて掴み、自分の下へと素早く引き倒した。
ぐしゃぐしゃになったシーツと共に立ち位置が逆転はしたが主導権は円子が握ったままで、年下のセーフティーは進に対しあくまでも余裕の笑みを浮かべている。どの体勢からでも身体能力から円子に勝ち目はなかった。
それなのに、顔の筋肉はリラックスしている。
進はぐしゃぐしゃになったシーツ以上に自分の中がグチャグチャになっている事実にこの時気づけなかった。
「なに、殴りたくなった?軽くならいいけど」
「ーーー違う」
「じゃあなじりたい?」
「そうではない」
「あんたつまんないってよく言われるでしょ…いいよ。好きなこと、俺にしなよ」
にぃと真っ赤な唇が勝利に割れる。裂くような衝動につかれて進はそこへと噛みついた。薄い唇は温かな血がすぐ側を這っていると教えてくれる。どくどくと胸から全身に送られる血の一筋を感じて、進はもっと強く吸いたいのを我慢し柔らかく舌で刺激し直した。
食い破ったら最後、円子が壊れてしまうのではと不安になったのだ。
啄みやすいとわかった下唇を重点的になぶってきゅうと舌で押しつぶすと、ヒンヤリとした指先が進の耳元をくすぐった。そのまま円子の手が進の短な襟足で遊ぶ。
波際のように寄せては返す愛撫の手に引き剥がす気がないというのだけ理解した進は、自分の好きなことを続けた。つまりはこの状態を保つ事だ。苦しさに開く唇に加減がわからぬまま舌をさし入れてみれば喉で笑われ、うなじを引っかかれる。
しばらくは舌がどこまで届くか試し、進が円子の唇を解放したのは口内を歯の裏から舌の根まで弄った後だった。