アイシー小話その1

□大和猛における愛情表現/被害状況
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簡単な話だ。
飲み干せないのならぶちまければいい。

鷹は大和の言葉にビックリしてつんのめった。部活動でえっさえっさとランニングしている時の話だ。なぜだか愛情の類に会話が飛び、父・本庄勝の親バカさを嘆く鷹に大和が爽やかに吐き捨てたセリフ。
「簡単な話だ。飲み干せないのならぶちまければいい」
何を誰にと聞きかえすのは野暮だし何より怖かったので鷹は大和の発言を「ふぅん」とさり気なくなかったことにした。
それは春の出来事。それから鷹は天真爛漫なサドに影響され、徐々に斑にに染まっていった。


『大和猛における愛情表現/被害状況』


大和猛という人間は悪い奴ではない。むしろいい人間だ。いい人間だが万人受けせず条件下によっては悪い男でもあった。さて、よくわからない解説になったが実際に大和猛は真に説明し辛い人間なので、

「自分で考えてよ」

鷹はそのややこしく濃い友人の獲物に認定された可哀想な子羊を突き放した。アメリカの空気に馴染む苦労を趣味で和らげている真っ最中、手元の文庫本から視線を外さずに断言すればそんな殺生な!と叫ばれる。
「…考えてる間に後戻りできなくなるっちゅう話なんだけど!」
ソファの肘掛けに高い腰を乗せ上半身をひねって鷹に迫る男はセーフティーで召集された円子令司。押しかけてお願いする側の態度ではなかった。
「なんだ、わかってるじゃない。大和は逃げれば逃げるほど悦ぶ。まぁ向かいあったらあえばで…」
「……居酒屋の店員みたいな笑顔にホールドされて終了?」
いい淀んだ鷹に円子は肩をすくめる。鷹は読書を諦め本をテーブルへ置くと、肘掛けの住人に向き合った。
「俺の場合は新大阪怖いもの見たさツアーだったよ…朝までね」
オールナイトで、気付いたら一限目の数学を受けていた。一緒に付き合わされた安芸は、可哀想に部活の時間まで保健室で泣いていたとか。自分がサド寄りで本当に良かったとだけ思い起こし、鷹はすぐ夏の記憶を引き出しの奥に押しやる。一般人に話すとたいがいドン引きされるのだ。
「…あの男の調子に付き合うしかないって?神様仏様鷹様ってくらい崖っぷちだっちゅう話だよ!なんとか説得して!もう俺限界なんだってば!」

今日なんてアバラ辿られたんだよっ!?

円子は自分のわき腹に鍵盤を確かめるかのように指を這わせた男の笑顔を思い出し、両腕で寒くなった体を抱きしめた。

「彼は助けてくれない?…峨王くんはさ」

鷹の言葉に両手離し状態だった円子は大いにバランスを崩した。キャッチの達人は肘掛けから落ちかけた腰をガッチリと掴んで引き上げてやる。白秋の制服はよく滑るらしい。
「危なっかしいね」
鷹にしては珍しく長話を良しとする旨を手にこめた。抱かれたまま話せと続きを顎でねだる。わき腹をくすぐる体温に少しためらいつつも円子は礼を言った。
「…どーもアリガト。なんでみんな峨王を出してくるわけ…」
「仕方ない。そういう風に見られてる自覚、ないとか言わないよね?」
円子と峨王はポーズより内面よりなんといっても、後ろ姿のいやらしい二人だった。すれ違い様に見てもいない情事を匂わせる卑猥な後ろ姿。面と向かって彼らを指差せないのなら後ろから内緒話に薔薇でも咲かせればいい。
「峨王は俺の彼氏でも彼女でもないっちゅう…」
「じゃあ君は誰の何?結局、胸をはれない理由があるんでしょ。わざわざ濁すから、大和がつけあがる」
円子はアバラを辿られたと言う。右だろうか左だろうか。鷹の態勢からでは左をなぞるしかなかった。ボールの縫い目にそえるようにして指を揃えると、なに、と身をよじられる。

「大和のこと。ひとつ確かなのは愛に溢れると厄介ってことだ。アイツは注がず飲み干す。口からも溢れて飲みきれないとなれば…ぶちまけたがる」
ぐっと、力を込めて引き寄せてやれば不安定な所からめでたく円子は鷹の膝におちてきた。
「どこの誰とも知れない奴にだって、見せたがる。そういう奴さ。あれは一種の露出狂だね」
今度はわき腹ではなく、目の前には頬。鷹は日に当たり続けているくせにシミの見えないそこに、ヒンヤリとした鼻を擦り付けてやった。逃げる体を縫い止めるため、脚の狭間に一番器用な右手をねじ込むと円子から短い悲鳴が上がる。
「なに、すんの…っ!」
「大和がつけあがるわけだ…峨王くんと何にもないっていうなら、一度大和の好きにさせてやれば。きっと色々わかる…暴れないでよ、悪戯しにくい」
「ちょ、やだ、やだやだやだって、…いたぁッ!」
布地の谷から快感を追おうとする自らの肌に混乱した円子の爪が鷹を掠めた。鷹は肉体に対する沸点が割と低い。前髪に隠れた眉をはねると故意に刺激を暴力へと変換した。
「…次引っかいたら、もっと痛くする」
「っ…おろし、て」
膝の上で怯える円子に気をよくした鷹は、慰めるように手をそろりと緩めた。可哀想に…。震える端正な容貌を楽しみながら、鷹は携帯を手にする。隙を作ってやったのに、円子は呼吸をするのに手一杯で足までは動かなかった。
青い天然物を観賞しながら、父の次に履歴の多い友人に早く帰ってこいとメールを送る。

食われたくないのなら速やかに、と。
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