アイシー小話その1

□あなたとわたしの九十九
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武蔵は角まで掃除するタイプだ。学校ではゴミ出しくらいしかしなかった男だが、自分の住処は勝手が違う。

空気の入れ換えをしてから新調したすだれで窓を覆えば二週間ぶりの掃除は一時間程で完了した。
武蔵は窓ガラスを拭いた濡れ新聞紙をベランダに出し、自分は風呂場に向かった。さすがに汗だくのまま客を迎えるのには気が引けたのだ。

夏なのをいいことに頭から水をかぶって汗を流す。昼飯前にやってくる予定の客は佐々木コータローだった。というか武蔵の部屋に上がり込む人間は最近では佐々木しかいない。現在アメリカに合宿しに行っているヒル魔も武蔵の父親が入院する前にはよく来ていたが、佐々木の図々しさはヒル魔とは質が違った。

佐々木は完全に武蔵の家を自分の家と思い、武蔵の部屋を自分の部屋と思い、武蔵の布団を自分の布団だと思っているのだ。

武蔵のものは俺のもの。俺のものは俺のもの!

…ジャイアンだ。武蔵はタオルで体を拭きながら、カラオケで二時間マイクを離さなかった佐々木を思い出し、まさしくジャイアンだと一人頷いた。音痴ではないだけ救いはあるかもしれないが。

「そろそろ来る頃か…」

勝手に食われるアイスも佐々木の好きなあずきバーを買ってきたし、昼飯の焼きそばもすぐ作れるよう材料は切ってある。
掃除までして俺は彼氏が家に来るのを待ちわびる彼女か…!

武蔵は我にかえるため自分で頬を叩いた。
無性に悲しいが、習慣化しているからしょうがない。餌付けしたのは武蔵だし、布団から追い出さなかったのも武蔵だ。


部屋に戻ると携帯が光っていた。佐々木からの着信が二つ並んでいる。どうしたのかと折り返すと、ワンコールで相手が出た。
『ムサシ?』
「おうどうした。駅まで迎えいるか?」
車のキーを探す武蔵の耳に、そうじゃねぇよと電子音と人混みのざわつきを纏わせた佐々木の声が届く。

『今日さー、ジュリと映画行くことになったからムサシんチ行けねぇや』

「………は?」

武蔵は佐々木が堂々とし過ぎていたせいで思わず一オクターブ高く聞き返してしまった。
『ジュリの連れが都合悪くなっちまったんだって。だから俺んとこに誘いきてよ。ワリぃ!ごめん!…行っても、いい?』

佐々木は、武蔵が自分に甘いことをよく知っていた。ちょっと控えめにお願いすれば、この男がそれを許容せずにはいられないことを経験からわかっているのだ。今日の『いい?』のニュアンスもなかなかの出来だった。

「…俺のことは気にしねぇで行ってこいよ」

武蔵の低い了承に佐々木は先程とは打って変わって明るい声で弾みをつけサンキュー!と言ってから電話を切った。


その佐々木の後ろでは、幼なじみかつ盤戸マネージャーの沢井ジュリが何とも言えない顔で腕を組んでいた。
「ジュリー、ムサシが行ってきてもいいって!」
嬉しそうに報告する佐々木の顔に沢井はハンドバッグをぶつけてやった。
「あてっ!なにすんの」
「なにすんのじゃないわよ…アンタ武蔵くんと約束あるなんてヒトッコトも言わなかったじゃないの!これじゃあたしが悪者じゃない!」

「別にジュリは悪くねーよ?ヒデーの俺じゃん」

サラッと自身の悪行を認める佐々木に、沢井は武蔵の心労を想い嘆いた。
「アンタって武蔵くんと付き合ってんじゃないの?フツー、自分との約束蹴って女のとこに行かれてみなさいよ、面子丸つぶれじゃない。自分に置き換えて考えなさいよ」
詰め寄る沢井に佐々木は唇を尖らせる。
「だから付き合ってねーって。俺、女の子好きだし。ムサシも別にホモじゃねーし?」

な?

「『な?』じゃない!それ全っ然スマートな回答じゃないわよっ!」
繰り出されるハンドバッグ攻撃をかわしながら佐々木は髪の毛をコームで整え直す。

「でもこういうのさ、ムサシって好きなんだぜ。放置プレイっつーの?ちょっとソデにする方が後で調子よくなるんだよ」

…なんの調子がよくなるかは怖くて聞き返せなかった。佐々木は武蔵と付き合っていないと主張するが、沢井の知る限り二人は肉体関係にあった。
沢井はハンドバッグを振り回すのを止め、黙って歩き出す。馬鹿には沢井の思いが通じないからだ。
「ジュリーぃ、置いてくなってー」

沢井は映画館までの二十分間、佐々木と口をきいてやらなかった。


沢井は数えていなかったが、この日は沢井と佐々木が二人っきりで外食した九十九回目の日で、武蔵は数えていなかったが、むなしく一人で食べたあずきバーは人生で九十九本目のあずきバーだった。


ーーー
※(我ながらカワイソウな武蔵…!このコタだと後でしっかりと「きちゃった」とか言いに来ますが。小悪魔なのは体だけじゃないぜって感じで)

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