アイシー小話その1

□魔の手、指先
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「糞坊主。テメーには手伝いの前にもう一枚契約書に判押してもらうぜ。…ついて来な」

クリスマスボウルまで残すところ三週間。集められた関東オールスター勢が着替えている間を改造した酸素カプセルで進んできたヒル魔は、そう言いはなつと雲水の返事もまたずにさっさと背…というか酸素カプセルの底を向けた。器用に運転するなぁと関心する雲水の袖口を一休が横から引っ張る。
「関心してる場合じゃないですよ!どんな無理難題押し付けられるか…」
「なんだろうなぁ。阿含は俺でも連れて来れないし…まぁ聞くだけ聞いてみるさ」

まだ胴着を脱いだだけだった雲水はそれを羽織なおすと素直にヒル魔を追っていった。コーチ陣のために用意された更衣室の中で一休は気に入らないと口をへの字にする。
自分が雷門にマンツーマンコーチングで張り付くのは構わないが、その間に雲水を見えないところで好き勝手利用されるのには関心しなかった。そんな一休の心を知らない山伏は単に心配でそわそわと巨体を揺らし、雲水は大丈夫かと冷や汗をかいている。


その様子を見ていたまわりの人間も、ヒル魔が雲水に何を押し付けるのかという話題で俄かに盛り上がった。

「ンハッ!やっぱ阿含のコトっしょ?初日からいねーじゃん。筧が俺にするみたいにセッキョーされんじゃねーの?」
上半身裸のまま耳に指をつっこんで口を尖らせる水町に、筧がみっともないから早く着替えろと顔を赤らめる。
「バカ、それなら契約書なんて言わねえよ。…でも、確かに阿含のこと以外思いつかねぇな」
阿含の事だったとしても、ヒル魔がわざわざ雲水を自分達から引き離す必要があるだろうか。

「雲水に限って情報を漏らす可能性はないしな」
数少ない頼れる最上級生の番場も謎の契約書に首を傾げる。番場の知る限り金剛雲水は信用に足る人物だ。
「フー…同感だ。逆にデータ収集に彼を動かすために…いや、それには別の契約書は必要ない」
赤羽がギターをチューニングしながら呟く。契約書には全員同じ文章が刻まれていたはずだ。


『どのチームが関東を制しても他のチームは全国制覇に協力する』と。


「気になるんなら、後から本人に聞けばいいんじゃないですか?」
キラッと美少年オーラ全開で甲斐谷陸がそのまますぎる解決策を提示した。それに笑って応えたのは西部組の後ろで着替えていた王城組の高見だった。
「そりゃそうだけど…ヒル魔のことだから、他言無用!な気がするな。うーん、知りたいけど…知らない方が良いことって世の中にはあるからね」
「…高見さんが言うとやけに重みがあるなぁ」
高見のしみじみとした一言に桜庭が微量の黒高見を感じ半笑いで一歩引く。そこに物怖じしない西部のルーキーが頭を突っ込んだ。
「知らない方がって、例えばどんな事ですか?」

なんと勇気のある…!

思わず桜庭と筧の心境が一致する。陸の真っ直ぐな瞳に高見は眼鏡で光を反射させながら朗らかに忠告した。


「人の…大概は生まれついての『偏った』性質とかかな。九割方見てて楽しいもんじゃあないよ」


あ。そういう、ことか。

一休は高見の『性癖』についてだろう言葉に、雲水の『悪癖』を今の今まですっかり頭から放り出していた自分に気づいた。
忘れていた。関東オールスターと泥門なんて合わさったら、半分は雲水の好みに当てはまって間違いはない。
実の弟にゲテモノ食いと顔をしかめられる金剛雲水だ。一休が今まで見た犠牲者には年上が多かったが、雲水は自身の空腹に臨機応変だった。才能と美貌の集うここは狩猟に最適すぎる。いちいち疑似餌なぞ使わなくとも手を伸ばせば簡単に獲物を絡めとれる距離。

ヒル魔が雲水に了承させようとする『契約書』の正体がわかってしまった一休は、わいわいと雑談を続ける塊に背を向けてテーピングを巻くのに集中することにした。

なにより心配するべきは雲水ではない。ヒル魔の身の安全の方だ。

なんたって、ゲテモノ食い。因縁のある悪魔を難癖つけてかじるくらいしてくるかもしれない。

嫉妬は湧かなかった。一休は南無阿弥陀物と口の中で唱えた後にオマケで十字もきっておいた。
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