ほか、いろいろ。

□おやつの時間
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山おろしがススキを波打たせ、獣道を走っていた枸雅阿幾の白い頬を悠然となぶる。

斜面にぼうぼうと群生する多年草の花穂は稲穂の黄金よりうんと寂しく、どちらかと言えば阿幾の肌に近い。
太陽の下でも月夜でも淡く溶け出しそうな肌に、生まれつきほとんど白髪といってもいい阿幾はススキに埋もれやすくーー昼も夜も、自分と幼馴染で拓いたこの道だけは安心できた。

阿幾は足をはやめた。

この道は枸雅泰之宅の裏手へと続いている、枸雅阿幾が枸雅匡平に辿り着くために作られた道であった。



妾腹の阿幾が家とも思っていない本妻の、枸雅君江宅の空気はお社と同じように重くるしくよどんでいたが、枸雅泰之宅の空気といえば阿幾からしてみればあっけに取られるほど軽く、掴み所がない。

軽いと感じるのは、枸雅の本家に次男として生まれながらお社には上がらなかった泰之が書斎に半ば引きこもっているためで、掴み所を見せないのはそんな夫の行動をよしとする妻の存在だ。

「あら、いらっしゃい。ほーら詩緒、阿幾お兄ちゃんよー?」

ススキをかき分けて現れた阿幾に、薄手のカーディガンを羽織った枸雅日都美は人見知りの長女にしがみつかれたままで柔らかく笑う。
匡平は部屋で宿題してるわ、そう優しく告げてくる。

もう何百回かは重ねたこのやりとりに、阿幾はいまだゾッとするのだ。

赤ん坊を抱いた日都美の、一見するとほがらかな、おおらかすぎる阿幾への対応は恐ろしいことに人前でも変わることがない。
義母の君江が阿幾に釘を刺して腐らせようとする鬼婆ならば、日都美はネジが抜けたか緩んだかした楽天家の魔女に違いない。

「………おじゃまします」

魔女を払う呪文を、阿幾は借りてきた猫のように仕方なく唱えた。
 
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