ほか、いろいろ。

□翔悟ちゃんに雄っぱいあげるタイロンお兄さん
1ページ/4ページ


「はい、王手ね」

パチリ。小気味よい音と共に告げられた勝敗に、タイロンは参りましたと頭を下げた。

「……お父さんに勝てる日は遠そうです」

飛車と角行、二枚落ちの上手相手に三十分ほど粘ったが、じわじわ追い詰められ最後は金銀の睨みでにっちもさっちもいかなくなってしまった。
タイロンは駒の流れを反芻しながら凝り固まっていた肩から首を手で揉みほぐすと、最後に側頭部を指でかいた。
見上げるほどの巨漢のおっとりとした、すっかり我が家の縁側に馴染んだその姿に、指南役の竜神健悟は朗らかな笑みをこぼした。

「そう遠くないと思うよ? タイロン君は飲み込みが早いしねぇ。まあ、盤上に素直さが出てるうちはオジサンが上手ってことで、気持ちよ〜く勝たせてもらうけどね」

健悟はタイロンのことを息子である翔悟の友人ではなく、自分の年若い友人として扱っていた。
娘の智子より三つも年下、未成年であるというのに、まだ出会って数日だというのに長年の連れ合いのような心地よさがタイロンにはあるのだ。

「あーあ、タイロン君もうちに住めばいいのに」

なんとも言えない中年男のおねだりに、タイロンが眉を下げて困り顔になる。実現すればとても助かる反面、うら若き女性二人と愛らしい人妻と一つ屋根の下、という現実が待っているのだ。
タイロンには一つも間違えない自信があるが、翔悟は面白くないだろう、という確信があった。

健悟の独り言として流すか、やんわり断るか迷っているうちに、玄関からただいまぁ、という智子の声、台所からおかえりなさーい、という喜代子の声が聞こえて二人の沈黙は棚へと上げられた。


「いらっしゃいな」

「お邪魔してます」

縁側に現れた智子は発泡スチロールの箱を両手で抱えていた。緑と土の匂いに独特の生臭さが混じる。中身の判別は容易であった。魚、だ。

智子は箱の蓋を開け、健悟とタイロンに中身がよく見えるよう腕を傾けた。

「キミは魚……こういうの食べれる? カツオ、って言うんだけどおっきいでしょ。新鮮なうちに食べないと勿体ない魚なの、予定ないなら晩御飯うちで食べてってちょうだい」

「おお、立派なカツオだな! タイロン君、他の子もよんでみんなで食べようじゃないか。なんなら今日は泊まっていきなさい!」

タイロンの返答より先に決定だなとはしゃぎだした父親に、娘はひんやりとした視線を突き刺した。

「タイロン君、このオジサンがメーワクならはっきり言ってね、お姉さんが黙らせるからね」

「いえ、お父さんにはとても良くしてもらってます。夕食、楽しみです。あっ、何かお手伝いすることはありませんか?」

立ち上がったタイロンに、智子は感心したように頷いた。

「…そうねぇ、魚は喜代子さんが捌いてくれるから、オカズの準備手伝ってちょうだい」

「わかりました」

「……タイロン君はきっといいお嫁さんになるね」

「はぁ、ありがとうございます?」

智子は完全に無視をした健悟のシミジミ・ジャパニーズ・ジョークにタイロンは一応礼を言って、縁側を後にした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ