ほか、いろいろ。

□潮時
1ページ/2ページ

 
人として、何よりも隻として幼い枸雅匡平が玖吼理<ククリ>の手の平から落下したのは、枸雅蒼也操る弥隈利<ミクマリ>の仕業ではなく日向勾司朗操る宇輪砲<ウワヅツ>による横槍のせいであった。

声を上げる間もなく空中に投げ出された匡平を小脇に抱えたのは玖吼理に宇輪砲をぶつけてきた当の勾司朗で、彼は匡平を抱えたまま弥隈利から距離をとるように針葉樹林へと急降下する。

「……えええぇぇ?! まって! ちがうよこうしろう!」
「ははは、舌かむなよぉー!」

匡平の視線の先で玖吼理がポカンと、青空に浮いている。
頭部鏡面に小さく映るのは対戦相手の弥隈利ではなく、模擬戦をつつがなく終わらせるため立ち会っているはずの宇輪砲のシンプルな形だ。
対象と距離のある状況においても最大限「中てる」ことに力を寄せているだけあって、宇輪砲は現存する案山子の中でも特に長時間の飛行によろしくない形をしている。
それを承知した、宇輪砲の隻である者だけが足の裏という少ない設置面だけでも急上昇、急降下に耐えてみせる。

サーフボード、あるいは丸太の川くだりか。

匡平は上空から足下へと視線を向けて、玖吼理とは違う視界に眩暈を覚えた。
ぐるぐると混乱をきたす幼子には、遠ざかる玖吼理と弥隈利、急降下する宇輪砲の上で座布団のように抱えられた己を認識するだけで精一杯だ。
頬を打つ強風に振り落とされまいと知らない匂いのする黒い皮に縋れば、鼓膜を低い笑い声に揺らされ、いつの間にか大きな幹の影へと引きずり込まれていた。
地面に下ろされた匡平は勾司朗の行動を問いただそうとして、向かい合って見上げる途中、勾司朗の分厚い胸元から匂いの原因をみつけてさらに顔をしかめた。

「勾司朗まだ大人じゃないのに、タバコ!」

ふいにふくれた年下のほっぺを突付こうとした勾司朗だったが、それより先に可愛らしい人差し指が煙草のパッケージに突きつけられる。
いけないんだ、という子供らしい責めに勾司朗は含んでいない毒気をさらに抜きだすハメになった。

「…そっちかよ。いーのいーの、俺もう蒼也よりデケェし」
「蒼也さんもまだハタチじゃないよ」
「……匡平ちゃん真面目ぇ…」
「勾司朗がフリョウなんだよ。さっきだって、いきなり宇輪砲ぶつけてきたじゃないか……ねぇ、イッショにあやまってあげるから、はやく空に……っ…うぁ!」

勾司朗の胸元からかわって上空へと向けられた匡平の人差し指の、その柔らかい指のはらを、熱が掠った。

上空から弥隈利が、蒼也が勾司朗を、勾司朗の側に玖吼理を空に置いたままの匡平がいることを承知で、撃ったのだ。

土煙を吸い込んでしまった匡平が涙目でなんでどうして、と口を開く前に、今度は逞しい肩へ担ぎ上げられ急上昇。

「なんで、どーして………ぎもぢわる、ぃ…」

疑問を口に出した時には、慣れない匂いと不用意に圧迫された内臓のおかげで隻としては情けないことに『案山子酔い』を起こしていた。

「わっりーわりぃ、ちょいとばかし大人しくしてろよー。後で一緒に蒼也が謝ってくれっからよ」
「…勾司朗じゃないの?」
「俺じゃないね。……おおー、さっすが玖吼理。安定してるなー、楽チンだわ」

玖吼理の元まで匡平を連れてきた勾司朗は、頭部に小さな匡平を乗せた後、あろうことか玖吼理の左手部分に跨った。

「……なにしてるの?」
「お前はなにをしている…」

匡平の戸惑いにかぶせ、枸雅の案山子に堂々と乗る日向の隻なんぞ見たことがないと文句を言ってきたのは、先ほど中距離で火力まかせの攻撃を放ってきた蒼也である。
右手を構える玖吼理に蒼也は弥隈利の上で長髪を泳がせながらそう睨むなと苦笑した。

「いや、匡平ちゃん置いてくるにしても、しばらくしたら玖吼理でビーム撃ってきそうじゃん。もう白状してさ、匡平に立会いやってもらおうぜ」

匡平は勾司朗のつむじを困惑しながら見下ろした。

「ちがうよ? 立会いは勾司朗だよ? ぼくが立会いの隻になったら、たたかうの蒼也さんと勾司朗になっちゃう、よ………ねぇ、今日って、ぼくの『初陣』だよね?」

状況を理解した九歳はここで勾司朗のつむじではなく蒼也の方へと視線を動かす。するとどうだろう。蒼也は真横を向いて、従弟の潤んだ瞳から、逃げた。

「……ぼくの『初陣』じゃ、ないん、だ」

ぽろりと、蒼也の妹よりも幼い瞳から光の粒が落ちる。玖吼理の右手が呼応して一瞬のうちに物騒な、長さ四十センチ強の金属片が外へと飛び出る。

「おいおい泣くなよ匡平ちゃん、後でこっそりプレイステーションあげるからよ」
「プレステもってる、もん…」
「じゃあセガサターン」
「もってるもん」
「……だよな、俺達なんたって本家で隻だもんなー、って賄賂が通じねーなオイ…」

やっぱり子供をダシにして自分がドンパチしようというのは甘かったと玖吼理の左手から立ち上がりかけた勾司朗を、蒼也が手の平で制する。


「お前は『アレ』を隻にしたくはないのか」
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ