06/27の日記

16:55
推敲の行方2(雲水攻)
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とりあえず、いったん、ホラーテイストに着地してみました4700字くらい。ちまちまちまちま増量してみた。

タイトルどうしようメモには「千世の呪い」とか「あとのまつり」とか…うん…もう少し考えてきますこれはない。

完全にリハビリss。好きなように書いてます。


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五月の三十一日、十二月の二十五日、二月の十四日。

何の記念日かというと、金剛家の双子が気持ちやら物やら何やらをいただいてしまう日であった。

特に、誕生日を迎える五月は普段接点のないお方からの好意も多く、兄の方は同性から、弟の方は異性から入れ替わり立ち代りおめでとうと祝われる。

好意の一角にひっそり毒が紛れていたりもするが、贈った方が蛇なら貰う方も蛇だった。弟は蝮、兄は朽縄。
贈り主のその後は察していただきたい。


ここからは、そんな双子の兄、金剛雲水の話になる。



双子が初々しくも神龍寺学院の一年生だった頃、三年生に「千代さん」というあだ名の先輩がいた。


外見は黒髪黒目の中肉中背、どこにでもいそうで、どことなく上品な男の子だったが、彼はまさに「千代さん」だった。

筆箱の装飾に梅花の千代紙を選択すれば、鉛筆にも枝振りからして見事な梅を彫るような、もとから器用なお人で机の上に並ぶ和綴じの冊子は自作、それぞれを飾る美しい文様は勿論教科書にもお揃いで被せてある。


「千代さん」の「ちよ」は、「千代紙」の千代。


千代さんが入学して以来、茶道部では干菓子を包むことから発展して、『たとう』にはじまり小物作りも熱心な『手芸部』を兼ねるようになったほどだ。

三年生はもちろん普段接触がない二年生相手でも、文化祭さえ経験していれば「千代さん」で通じる。

「ああ、千代さんね」と頷いた後に続くのは、大体三つの感想だ。

器用な人、少女趣味な人。ある意味、派手な人。


多くの一年生が千代さんに馴染みのない初夏、雲水の彼への第一印象は、誰に教えられるでもなく正しく「千代さん」だった。

なぜかといえば、十六歳の誕生日に初対面で手渡された物が千代紙に包まれていたのだ。



部外の最上級生は大胆にも雲水の一人きりを狙って、軽い挨拶と名乗った以外では三言ほどであっさり立ち去った。

「団扇と迷ったんだけどね、けっきょく扇子にしたよ。まぁ自前があるだろうから…気が向いた時にでも、ね」

就寝前、使い終わった歯ブラシを片手に気まぐれでしかない散歩していたところへ『偶然』現れた彼からは、うっすら、梅花の香りがした。

暗がりの出会いに馴染みのあった雲水は『偶然』に驚きはしなかったが、部屋に帰ってから別の意味で驚くことにはなった。

二色しか使われていないというのに、重なりあう葉が随分と優美な、咲いたような柳は柔らかく桐箱を包んでおり、破らぬようにと慎重に紙を開ければ、蓋をとった内側も当然といった風に千代紙で飾られていた。

凝ってるなと感嘆しかけて、雲水は息を呑んだ。

蒸し暑くなってくる中、雲水も懐に場所をとらない扇子はすでに所持していたが、親骨に柳が彫られた眉月の夏扇は、洒落というには意味に次いで時代すら合わない代物に見えたのだ。

桐箱の中だけには収まりきらない風格に、雲水は数分前に『偶然』あったばかりの上級生の名前を思いだそうとしたのだが、黒髪黒目に中肉中背、上品な千代紙愛好家、という簡単な印象しか繰り返すことができず、翌日の朝に食堂で部の先輩を捕まえてかくかくしかじか、「ああ、千代さんね」と教えてもらい「俺も本名は知らねぇな」と言われて、「ああ、だから千代さん」と。

初めて口に出したあだ名に、雲水も簡単に染まった。


しばらくして廊下で偶然すれちがった、移動教室なのか桃と苺の並ぶ可愛らしい冊子を抱えた千代さんに、蒸す夜が続いて重宝していますと礼を言えば、

「白檀の扇も候補に上がってたんだけど似合いすぎるのもねぇ」

……朗らかに告げられ、ああ、派手な人だなぁ、と雲水が扇子の出所を聞くことなく微笑むと、千代さんも教科書達を抱えなおしてにっこり。

何が癪かは後々と思い、授業開始二分前の鐘の音にそのまま無言で背中を向け合えば、次に挨拶以外で会話したのはなんと師走も半ば、世間では恋人達が人目もはばからずに絡み合う聖夜のことであった。



「メリークリスマス雲水くん。はい、お箸」

クリスマスボウルで負けを味わってきた雲水がだんまりしながら(一年生のくせに)談話室のコタツで足を伸ばしていると、斜め後ろから色とりどりの千鳥が薄桃色の空を飛んできた。

「こんばんは、千代さん。オハシって、この箸ですか」

右隣に腰をおろした千代さんに、雲水はコタツの上に転がっていたボールペンで蕎麦をすする真似をしてみたが、初夏に貰い受けた長寿であろう扇子への意趣返しとまではいかなかった。
なんせ千代さんは雲水の素人芸に面食らうことなく、本物の箸でもう一度、とねだってきたのだ。

「扇子は外じゃ使ってくれなかったもんね。これもマイ箸にはしてくれなさそうだし、いまちょっとだけ。ね、お願いだよ」

墓穴である。

雲水がゆっくりと千代さんから目をそらす。と、どうしても視界に入ってくるのがコタツの上で羽を休めている、包む箱の面積にともない小指の先よりも小さくなった可愛らしい千鳥達だ。

千鳥が発てば、やはり桐箱が現れ、蓋を開ければ春ような薄桃色とは一変、霜が静かに降りている中に、たしかに、箸が寝ていた。

起こすなと言わんばかりの箸がである。

果たしてこれは、赤が先なのか黒が先なのか。それともどちらでもないのか、見れば見るほどわけがわからない。
高価さだけは手に取るまでもなく感じ取れる箸をさぁさと突きつけられて、雲水は偽りまくった笑顔を千代さんに向けた。

「ありがとうございます。蕎麦風でかまいませんか?」

「うん、蕎麦風でいいよ。ああ、若狭塗だからいっぱい食べたほうがいい味でるからね。同じ蔵から津軽も発掘したんだけど……ほらここ。この宇宙っぽさが決め手だったよ」

どうやら、一人きりの時にしか実用性を見いだせないあの扇子も蔵からやってきたらしい。

「そうですね、ここなんか、ブラックホールみたいですしね」

「ああ、ほんと。夏の帰省で見つけたんだけど…今朝も…こことか、少し違って見えたな。不思議だよね。こういうの、廃れて欲しくないよねぇ」

「……ですね」

実家にあるトンボ玉の箸がすさまじく恋しい。最終的に三文字まで口数の減った雲水に満足いったのか、千代さんは登場した時と変わらぬ抑揚で二回目のメリークリスマスを唱えると、コタツの温もりから退場していった。





それから年が明けると、三年生の千代さんは受験でも就職でもない何かに忙しそうで、雲水と千代さんの公然の必然は乙女達の決戦の日まで見送られ続けた。



「お疲れ雲水くん。うちの後輩達の接待はどうだったかな、茶室で休憩した気分は、どうだった?」

最早、喧嘩上等の第一声であったが、かまされた方の雲水は微妙に覚悟が出来ていたものだから、アッサリと頷いて見せた。

「ああ、こんにちは千代さん。そうですね、なかなか貴重な体験をさせてもらいましたよ。ひょっとして、アレが今日の贈り物でしたか?」

茶道部のテリトリーから気の早い、栗の花に似た匂いをまとわりつかせて出てきた雲水を彼は待っていた。
梅の木の下で、暗い色の蔦が這うベンチに腰掛けながら、源氏物語の一場面で題名の隠された文庫本を片手に、待ち伏せていた。

「まさか。さすがに人を囲ったりはしてないよ」

「でしょうね」

ベンチから静かに立ち上がった千代さんは出逢いから変わっていないようにも見えるのだけれど、雲水よりも少しだけ背の高かった千代さんはいつからか消え、雲水よりも少しだけ背の低い千代さんになってしまっていた。

「クリスマスの仕返しにしては雑だね。僕からの最後の贈り物は、こっちだよ」

この機会を逃せば、人に揉まれあう卒業式が最後になると双方わかりあっていた。雲水が左の手の平を差し出せば、千代さんの冷たい指先が一瞬かすめて、遠のく。

手の平に残ったのは温度のない赤だ。


雲水に手渡された最後のひと箱は、血にざらついた千代紙の成れの果てで縛られていた。


「……いつ開けると、千代さんに都合がいいですかね」

雲水はいまだに千代さんの本名を知らないままでいるし、千代さんも雲水に肝心なことを言わないままでいる。

「一番いいのは卒業式の翌日だね。そう、それがいい。腐るものじゃないしね」

「大事にしますよ」

素面で言うにはつまらない台詞に、千代さんは首を傾げただけだった。

「じゃあ、卒業式で」

「はい、卒業式で」

梅の香りを堪能している間に千代さんの背中は藪の方へと消えていった。

自身の匂いを上書きし終えた雲水は、ひとつ深呼吸をすると足早に寮へと戻り、自室の扉と窓の鍵を閉めると躊躇なく赤を破いて箱の中を覗き込んだ。


桜の香りのしない三月。


千代さんは家庭の事情により卒業式を欠席した。




「雲水さーん、この鬼赤いヤツってガラスの破片っすよね。むき出しで置いといて危なくないんすか?」

「それな、触ると呪われるぞ」

「……鬼マジメ顔でそういうこと言うのマジヤメテくださいって。あ、ちなみにどういう呪いっすか。不能になるとか?」

「それはない。まぁ、多分、初恋が叶わないとかそういう類だな」

「あれ? なんか可愛い呪いっすね。送り主誰っすか。まだ生きてます?」

「千代さん」

「ああ、千代さんね。あの少女趣味で鬼器用で地味だった人。雲水さん鬼貢がれてたって噂マジだったんスねー鬼カッケー。で、これホントは何なんすか?」

「薩摩切子の破片」

「……って何すか。…あ、なんかふわっと………普通、血の匂いするもん机に飾らないっすよ雲水さん!」

「…梅の匂いはしないか?」

「しません。雲水さんガッチリ呪われ済みじゃないっすか?」

「お互い不器用だったからな。仕方ない」

「アンタ、俺と会話する気なくなってきてませんかね。…あ、プリントありましたー、じゃあ借りてきます。明日の三限目までに返せばいいんスよね?」

「ああ、三限に間に合えばいいよ」

「あざーっす。雲水さん鬼愛してます、あと、その破片どうにか片しといてくださいよ」

「ああ、じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」




誰の足音も、息遣いも感じられなくなって、雲水は暗い穴蔵に取り残された気分になった。網戸越しに夏の賛歌を聞かせてきた虫はいつ藪の中で早い眠りについたのか。知らぬ間に鳴いて知らぬ間に死ぬのが虫で、気にすることもないが、どうも、今夜に限っては一匹の生死が気になるようだった。

ついには薄く感じていた風もやんでしまい、雲水は箪笥の中から扇子を取り出した。
蚊取り線香は焚いていなかったが、思い切って網戸を全開にすると窓の桟へと腰掛ける。雲が多く星の見えない、おぼろげな細い月の重たい夜だった。

目蓋を閉じて首筋を扇ぐと、月が完全に消えた。何を光源にしたのか、暗闇に柳が浮かび上がる。うな垂れて、今にも地を這い、こちらへと伸びてきそうな鬱々とした柳だ。どこからか飛んできた千鳥の群れが空を薄桃色にしながら墜落していく。ぶつかる音はない。地面はもうなく、ブラックホールが、大きな口を開けていた。

思考を掠め取っていくような梅花の香りにゆっくりと目蓋を持ち上げる。

手の届く範囲、机の上に転がった暗紅色の破片は、いつかのように笑いながら、飴のように魅を甘くして雲水を誘う。

十円玉ほどの破片を摘み上げ、舌の上に乗せてみれば藪の中から誰かの笑い声が聞こえた。

声が届いても雲水の朽縄は蛇に化けたりはせずに、ただ静観するだけだったが、扉が派手に軋み出すと古い蝶番の耐久度を思って桟から腰を上げる。


鍵を開けるのはいつも、真実を喋りたがらない卑怯なクチナシだ。蛇だけが通れる隙間を作っている間に、週末には帰ってくるだろう同室者への言い訳を考えようとしたがすぐに諦め、再び鍵を閉めた。


五月の三十一日でも、十二月の二十五日でもなく、二月の十四日ですらない夏の一夜。癪に障る暑さは雲水の想像できる範囲で、ほんの少し、初恋というものに似ていた。


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この綺麗に終わらせよう感。きたない鯵きたない。

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