twst短編

□バラとガーベラ
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「うわ、凄い」
「ええ。出演映画のクランクアップでね」
「あ、そっか。お疲れ様です」

スタッフに貰った花束を持ってオンボロ寮を訪れれば、彼女は目を丸くしながら迎えてくれた。私はそんな彼女に花束を手渡した。大ぶりな花束を見つめながら、彼女は「いいんですか?」と聞いてくる。

「ポムフィオーレにはもう充分飾ってあるわ。あれ以上はごてごてしすぎて美しくない。それより、この殺風景な玄関なんとかしなさい」
「ふふ。じゃあ、お言葉に甘えて」

「花瓶、花瓶」と軽やかな足取りで奥へと消えていく彼女を追うように、アタシも中にお邪魔する。よく来ている筈なのに懐かしい感じがするのは、きっとDVCの合宿のせいだろう。賑やかな日々を思い起こせば、今でも笑みが溢れる。

「変わらないわね、ここは」
「おかしいですよねえ。S.T.Y.Xのせいで大分修繕したはずなのに…」
「寮長の雰囲気かしら」
「酷い!いくらヴィル先輩でも怒りますよ」
「冗談よ。でもそうね…髪を結わせてちょうだい。折角女の子なんだもの」
「おもちゃにしていいのはエペル君だけですよ」

彼女は「コスメは言われた通りのを使ってるんですから、勘弁してくださいよ」と笑いながら、出してきた花瓶に花を生け始める。小さな手に乗っている爪にはネイルが施されておらず、健康的なピンク色をしている。彼女らしいと思うと同時に、もったいなくも思う。頑固なところのある彼女を思い通りにしたいと願い始めたのはいつからだっただろうか。可愛い監督生。出来る事ならいつも美しい物に囲まれていてほしいし、誰にとっても可愛い監督生であってほしい。だってこんなにも愛らしいのに、アタシだけしか知らない事が多過ぎるのよ。

今だってそう。花瓶の大きさに合わせて二つに分けた花を美しく生け直そうと頑張る真剣な眼差しを、どれくらいの人が知っているのかしら。大雑把さの中にある繊細さや、大らかさの中にある厳しさ。この子を形作る絶妙なバランスを、もっと見せてほしいし、見てほしい。

「勿体ないわね」
「いいんですよ。男子校でおしゃれなんて、しない方が」

彼女はくすくす笑いながら、「ねえ?」とガーベラをつついて同意を求める。頷くように揺れるそれと、彼女の優しい眼差しを見比べて、「好きなの?」と聞いた。彼女ははにかんで頷いた。

「なんか、‘やったれ!’って感じがしません?」
「何よそれ」
「必ず花束の中にいるじゃないですか、ガーベラって。バラとかユリとかラナンキュラスとは違ってワイルドフラワー感溢れる顔してるのに」
「一応訂正しておくけど、ワイルドフラワーじゃないわよ?」
「そこも好きです」
「全然分かんないわ」


ーーーーーーーーーー


「その後も詳しく聞いてみたけど、結局分かんなかったわ」

ポムフィオーレ談話室のソファに深く体を埋めながら、毒の君は苦笑いした。お手上げ、と言わんばかりに挙げられた両手は筋肉質でありながら華奢で、その美しさのバランスに思わず嘆息する。

「トリックスターは面白い視点をもっているね」
「ええ、本当に」

窓際に目を向ければ、ヴィルが今回のクランクアップで貰ってきた花束の一つが生けられている。そして、そこにも当然の顔をしてガーベラはいる。エレガントに咲き誇るバラの横で、まるでそれが当然のように胸を張っている。

君達は全然ベクトルが違うだろうに。

「‘やったれ!’…か。ふむ、成る程成る程」
「あら、アンタ何か掴んだ訳?」
「ああ。トリックスターの意図とは違うやも知れないが、ね」

ほら、と生けられた花達を指差し、ヴィルの注目をそちらに向ける。彼は「エペルの生け花の腕もやっと上達してきたわね」とおどけながら、肘掛けに頬杖をついた。

「バラは美しいね、毒の君。まるで君のようだ…何人たりとも君の美を邪魔できない。周りにあるのは霞草の様に…君の美を引き立てる小さな花たち…しかし、その横に我が物顔で鎮座するガーベラ。彼女はどうだろうか」
「言われてみれば、アイツ何やってるのかしら」
「そうだろうそうだろう?私はガーベラの勇姿にトリックスターの面影を見たよ」
「場違いなのに堂々してるわね」
「だが、その振る舞いができるからこそ、彼女は違和感なくバラの横にいられるのかもしれないよ」

ヴィルは頬杖をついたまま、「それでも美しいものね」と唇で弧を描いた。美しいのはどちらなのか?それを態々聞く程、私は野暮ではない。


ーーーーーーーーーー


翌朝。授業に向かう為に通過する談話室には、昨日貰った花がそこかしこに生けられている。長かった映画撮影も、終わってしまえばあっけないものね。そんなことを考えながら歩いていると、ふとガーベラと目があった気がして立ち止まる。

まるで監督生のような、ガーベラの花。アタシは引き寄せられる様に近付き、何の気なしに花弁に触れる。

魔法が使える訳でもない。アタシの美に並び立つ努力をする訳でもない。それでも彼女は彼女の信念で、アタシの横にちゃんといる。霞草のようにアタシの美を引き立てる為じゃなくて、ユリのように別の美を見せつける為じゃなくて、ただ、ちゃんと、そこにいる。

「‘やったれ!’…か」

そうね、やってもらおうじゃない。いつまでだって我が物顔で‘バラの横’にいなさいよね。私が手を離すと、彼女は頷くように揺れた。
 

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