‡桜月‡

□『光閑けき春の日に』
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柔らかな陽射しが差し込む部屋に、鈴の音を思わせる可愛らしい声と穏やかに笑う声が重なりあう。


「母さま、くすぐったいですぅ」

「千桜、少し動かないでいてね?」

「ふふっ。はぁい」

娘・千桜のたっての希望で、夫譲りの真っ直ぐで艶のある黒髪を丁寧に梳いて高く括ると、千鶴は顔を綻ばせた。

「はい、もういいわよ」

「わぁ!ありがとうございます!」

母親の許しをもらい千桜が鏡の前で右に左に顔を向けると、結い上げたばかりの髪もつられて揺れ動いた。そんな様子が直ぐにお気に入りになったらしく、頬を染めてはにかんでいる姿がなんとも愛らしい。
ひとしきり見回して満足すると、千桜は母親へと振り返った。

「母さま母さまっ、あのね。ちさね、父さまは長いかみも似合うと思うの!」

「え?」

千鶴は内心驚き、櫛を片付けていた手を止めた。

「どうしてそう思うの?」

「だって、ちさのかおもかみも、父さまによく似ているのでしょう?ならば父さまも、ぜーったい似合うわっ」

千桜はまだあどけなさの残る顔に、満面の笑みをみせた。
子供達には昔の、特に土方が『鬼の副長』などと呼ばれていた新選組時代の事については未だ語っていなかったが、育つにつれ垣間見せるようになった頭の回転の良さやこういった感の良さは、しかしこれも血の為せる業かと思う。
だが血故のそれを一番に感じるのは、やはり二人の容姿だろう。
先に産まれた長男の誠志は性別が同じということもあり土方をそのまま小さくしたような利発な顔立ちをしていたが、妹の千桜もまた、髪を高く結い上げた姿などは屯所時代の土方を思わせるほどによく似ていた。
だがそこはやはり女の子。千桜は千鶴の可愛らしさもしっかりと受け継いでそれはそれは可愛らしく育っており、愛娘に悪い虫が寄り付きはしないかと、今から男親の心配の種にもなりはじめていた。
先達て、千桜が友達と称した男の子の友達と遊んでいる様を複雑な顔で見守る夫の横顔を思い出し、千鶴は小さく微笑む。

「そうね。お父様も昔は腰の辺りまで長く伸びた髪を、ちょうど今の千桜みたいに結ってらしたのよ?とてもよく似合っていらしてね、母様も大好きだったわ」

「いいなぁ。千桜も見たいですぅ!」

「ふふっ」

小姓時代、一度だけ結い上げたあの艶やかな黒髪を思い出し、千鶴は目を細めた。
なんて綺麗なのだろうと、後ろ姿さえ見惚れてしまっていたのだから、思えばその頃から仄かに恋心が芽生えていたのだろう。
そんな土方の黒髪にもう一度触れたのは、戦争が終わった後のことだった。
そして最も近くでは、つい昨夜、痛みのあまり土方の髪を引っ張っ…………

と、そこまで考えてしまってから、千鶴ははたと気づいて、思考を打ち消した。

「………///」

「母さま?」

百面相をしている母親の顔をじっと覗き込む千桜に、千鶴は無理矢理に笑ってみせた。

「お、お父様は短くなってしまったから結った姿を見れないけれど、千桜が伸ばせばいつでも見られるわ。だって貴女は歳三さんの…お父様の娘なのだから。ね?」

千桜の頭を撫でてやると、きゃーっと小さな手を広げ、甘えるように千鶴に抱き着く。

「はいっ!千桜、父さまみたく伸ばしますっ。そしたら母さまが千桜の髪結ってくださいね!」

「ええ、いくらでも結ってあげますよ」

今はまだ結ってもようやくうなじの辺りにくる程の長さだっだが、近い将来豊かに伸びた髪を結える楽しみができたと、千鶴は密かに心躍らせた。




「千鶴!今帰った」

「母様!!只今戻りました!」



「それじゃあまず、お父様とお兄様に見せに行きましょうか」

「はい!母さまっ」



折よく帰宅の報を受け立ち上がった千鶴は娘に手を差し出すと、しっかり握りかえしてくる温もりとともに、土方家の男性陣の迎えに玄関へと急いだ。





2011、4、30


半年以上温めていた話ですが、やっとこさUpしました。今回は土方家の女性陣の話でした。
歳三さんの髪の話はいづれ書きたいと思い、このような形で妻と娘のガールズトークのネタになってもらいましてよ(笑)

そんな娘の千桜(ちさ)ちゃんは、色んな意味で土方さんに影響を与える存在になりそうです。
続きも製作中につき、よろしければまたお立ち寄りくださいますと幸いです。
ではまた

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