‡桜月‡

□『風酔い』
1ページ/2ページ

緩く肌を温めていた陽が稜線から僅か覗くばかりとなり、代わりに黄昏が下りはじめている今時分、宵の口には少し早かろうか。

夏の暑さ続く葉月のその日。土方は、雨が呼び込んだ久々の涼に誘われて庭に下りていた。
みずみずしく濡れた草木が目にも涼しく、加えて、つんと冷たい風が全身をすり抜けてゆく。

「そろそろ千鶴も呼んできてやるか」

この頃合いならば千鶴も夕餉の片付けを終えて一息入れているだろうと、土方は母屋へと踵を返した。





***


差し掛かった一室にその姿を見つけた土方が声をかけようとすると、

「千…」

「(しぃー………)」

千鶴は唇の前に人差し指を当てて土方の言葉を遮り、膝の上に視線を落とした。土方もつられて視線を落とすと、千鶴の傍に座り込む。

「(誠志も千桜も今しがた寝付いたところなんです)」

「(…そうか)」

眠っている我が子等の頭を撫でて愛おしげに見つめる土方は父親の顔をしており、千鶴はくすぐったそうに微笑む。

「(そういえば、私に何か御用でも?)」

「(あぁ。お前も一緒に涼んじゃどうかと思って捜してたんだ。今日は珍しく良い風、入ってくんだろ?)」

言われるまま顔を上げると、心地好く吹き込んできた風が千鶴の頬を撫でた。

「(本当、気持ちいいですね。ご一緒してもいいですか?)」

年を重ね、日毎色香も身につけている千鶴の、風に遊ぶ髪を耳にかける仕種にさえ目を奪われていた土方は、千鶴の返事に我にかえった。

「(そ、それじゃ、まずこいつら寝かせねぇとな)」

土方はこほんと咳ばらいすると、すっかり寝入っている息子と娘を、一つ布団に移動させた。抱き上げても全く起きる気配がない所をみると、余程疲れているのだろう。

「(昼間あれだけ遊んでりゃ、さすがに起きねぇか。ぐっすり寝ろよ)」

二人に布団をかけてやると、土方は千鶴を伴い、そっと部屋を出た。




.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ