‡桜月‡
□『好みの糖度』
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麗らかな午後のひと時。
土方は千鶴を連れだって買い物に出掛けていた。
厳冬を越え、この蝦夷にも一月遅れの花の季節が来訪した事を告げる草花が顔を出し初め、自然と足が軽くなっていく。
振り返りもせずに駆け抜けてきた時代と、そんな時代に遣してこざるをえなかった者達の事を想えば、自分の命も戦いが終われば消えてゆくのだと疑いもしなかったが、現実に今自分は生きていて、それを認識させてくれる連れ合いと巡る季節を愛でながら生きる事を許されていた。
そんな人並の幸せなど己には過ぎたものだと思っていたが、これが最後に与えられた幸せだというのならば、むしろよくやったと褒めてやりたいくらいだ。
「土方さん?どうなさったんですか?」
「いや」
ふいに隣からかけられ視線を移すと、千鶴が心配そうに見つめていた。なんでもねぇと言ってやると、千鶴はそうですかと微かに頬を緩めた。
「夕飯に召し上がりたいものはありますか?新鮮なものが出ていれば、それも見繕って…」
「おまえがいい」
「え?」
歩みを止めて向きなおると、千鶴はつかの間瞬きをして、明るい栗色の瞳に俺を映した。
「あ…え、え……と///私は食べ物では、あ、ありません///よ?」
数秒の後俺の言葉を理解して、頬を染めながらも至極真面目に応える千鶴に、俺は更に追撃の一言をかけた。
「知らねぇのも無理ねえか。なんせ、俺しか食ったことねぇんだからな。甘いもんはそれほど口にしねぇ俺が好んで食う甘味だぜ?極上の逸品だ」
「っ!!!!」
食べた本人にそんなことを言われてしまえば、当然のごとく千鶴はくたりと腰を抜かした。
「おっと!大丈夫か?」
が。
そんなことはお見通しだとばかりに、土方は千鶴の腰を抱き寄せた。
「土方さんっ!!!」
千鶴は涙目になりながらもキッ!と土方を睨み、土方の腕から抜け出そうと抵抗を試みた。
曲がりなにりもここは天下の往来で、人目もあるのだと琥珀色の瞳が言外に訴えている。
だが千鶴の訴え虚しく、土方は千鶴をきつく抱き直した。
「な、なにを…」
「俺に意趣返したぁ、いい度胸だ、千鶴。」
「えっ!?きゃ///」
俺は千鶴の手をとり、細い指先を口元まで近づけて接吻をした。
「土方さ…」
「聞こえねぇな」
接吻を続けると、千鶴の瞳が熱を帯びていった。
「昨日祝言挙げたばかりじゃあ、仕方ねぇが、俺なりにけじめはつけたぞ?俺の女房らしく、素直に俺に抱かれていやがれ。」
さすがにそこまで口に出すと、千鶴はやっと大人しく俺の胸に収まった。
「すみません…」
「謝ることじゃねえがな。あとは名だな。昨日散々練習しただろ?」
どこで…と言わずとも、それだけ言えば千鶴には効果絶大だった。
「と……歳三さん、です///」
「わかったなら早いとこ買い物して帰るぞ。そうだな。今日は大根の煮物がいいか。お前が初めて俺達に造ってくれた時から、俺の好物になったもんだからな。お前のお蔭で随分舌が肥えたんだぞ?」
「フフッ。じゃあ頑張って美味しいの造りますね。」
「ああ、頼む。」
腕の中でやっと緊張を解して笑った千鶴をみて拘束を解いてやると、千鶴を誘って歩を進めた。
「それとな。食後に、俺好みの甘味も出してくれ。」
「歳三さん好みの甘いものですね。わかりまし………あ、あの…それって……」
隣で再び固まった気配を感じ、わかりやすい奴だなと口の端を上げながらも、夕飯の買い物どころではなくなってしまった千鶴の手を引いて今度こそ歩き出した。
2010・7・10
勿論、好みの甘さにしていくのは土方さんということで。千鶴ちゃん、大変だなぁ。(笑)