‡桜月‡

□『浅葱色の使者』
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「よしっ。これでお洗濯終わりっと。次は」

洗濯物を干し終えた千鶴が空になった籠を抱えて戻ろうとすると、どこからともなく数匹の蝶が舞い降りてきた。

「綺麗な蝶。どこからきたのかしら。おいで?」

千鶴が手を伸ばすと、そのうちの一匹が近寄ってきて、千鶴の細い指に止まった。
よく見るとその羽根の色は、薄い浅葱色をしており、蝶がヒラヒラ羽根を動かす姿に、千鶴は嬉しくなって顔を綻ばせた。

「風に靡いているみたいね。まるで…」

千鶴が最後まで言葉にする前に、蝶達は一匹、また一匹と千鶴の周りを飛び始めた。

「千鶴?誰か来たのか?」

二人しかいないはずの家で千鶴の話し声を聞いた土方は、千鶴のいる庭先へと降りてきた。

「あっ、歳三さん!見てください。綺麗な浅葱色の蝶がきたんですよ。ほらっ!」

嬉々として話す千鶴の周囲を見るなり不機嫌になった土方は、千鶴を庇うように後ろから抱きしめた。

「え!?あの…どう、したんですか?急に///」

「……なんでもねぇよ」

とはいうものの、彼の声色は相変わらず不機嫌で。
それでも細く小さな体に触れてくる逞しい腕と、愛刀を腰にさしていた頃から変わらぬ武骨な指は、声とは裏腹に千鶴を優しく抱きしめていた。
が、やはり目線はしっかりと蝶達を睨み据えている。

「あっ!」

そんな視線を受けてか、俄かに千鶴の指に止まっていた蝶は、他の蝶とともに千鶴の周りから離れはじめた。恰も、鬼の副長の一睨みで逃げていく、かつての隊士達のように。
そうして蝶達は、名残惜しそうに辺りを舞うと、今度こそ青い空へと消えていった。

「待って!」

千鶴は、蝶達を追って空へと手を伸ばしたが、土方が千鶴のその手を自らの手に絡めてしまい、元の位置まで引き戻した。
千鶴は蝶達が消えていった先をみつめていたが、やがて目を伏せた。

「行っちゃいましたね」

「…そうだな」

「……」

千鶴には何故土方が機嫌を悪くしたのかわからず、また、今もって千鶴の身体を離そうとしない事にどうしたものかと考えあぐねていたが、やがて耳元で低く呟く声が聞こえてきた。

「アイツら、蝶の分際で人の大事な女にちょっかい出しに来やがって」

「あいつらって……あっ、もしかしてあの蝶達は…」

千鶴はその一言で、土方の解せない言動の全て理解した。
そうして分かってしまえば、そんなことで嫉妬していたんですかと、千鶴は小さく身体を揺らして笑った。

「そんなに笑うな」

「いえ。だって、私は今も昔も、歳三さんのものなんですから、例え『誰』が迎えに来てもお傍を離れたりしませんよ?」

千鶴は、背中に感じる温度にトンッと身を預けると、目をつむった。
どんなに過去を振り返っても懐かしくても、この温もりこそが、千鶴が前を向いて歩いていく、証なのだから。
千鶴は、土方の腕の中で呆れる程に甘やかされながら、自分だけの居心地の良い場所に浸った。

「お前は何があっても離さねぇよ。」

「ふふっ。よろしくお願いします。あ、それと、次はあんまり『皆さん』を怖がらせないで下さいね?副長さんに睨まれて逃げだしちゃう辺りは、変わっていないようですから」

からかうように千鶴が言うと、土方は、分かった分かったと言って溜息をついた。

「それにしても、だ。大勢で新婚家庭に押しかけやがって。ったく」

「賑やかでいいじゃないですか。……また…来てくれますよね?」

「来るなっつっても来るだろうよ。お前に逢いにな」

「土方さんにも、ですよ?」

土方は、複雑な顔をしてから、あぁ、そうだなと苦笑して空を見上げた。



浅葱の色が溶け込む、青く澄んだ蝦夷の空は、どこまでも高く高く、清々しいほどに晴れ渡っていた。




End



2010、7、 27


千鶴ちゃんの指に止まった蝶は、沖田さんを希望〜。
土方さんのヤキモチ焼き話は好きだな〜(笑)


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